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「音楽の立場」等と言うのは大袈裟であった。
そういう立ち位置もある、程度の話しではある。 先日の松本公演で演奏したバーバーの「弦楽のためのアダージョ」。 これは、後年「神の子羊(アニュス・デイ)」の歌詞を付けて混声合唱曲に編曲されている。 レクイエムやミサ曲に使われる「神の子羊」である。 これはウィキペディアで調べて初めて知ったのであるが、ついでに「神の子羊」についても調べてみたら、「なるほど」と頷ける事柄が幾つかあった。 弦楽四重奏第1番の第2楽章はなるべくして「神の子羊」になったように思う。 それにしても、レクイエムやミサ曲で歌われるアニュス・デイの歌詞は「神の子羊の祈祷文」を書き換えて使われているとは、全くもって知らなかった。 世の罪を除き給う天主の子羊、われらをあわれみ給え。 世の罪を除き給う天主の子羊、われらをあわれみ給え。 世の罪を除き給う天主の子羊、われらに平安を与え給え これが、本当の祈禱書の翻訳である。 レクイエムでは、この下の二文は、「われら」ではなく「彼ら」に言葉を置き換えて歌われている。 dona eis requiem 私は「彼ら」と言うのがオリジナルだと思っていた。 しかし、このことで、幾つかの合点を得ることが出来るような気がしている。 キリスト教における音楽の位置である。 クラシック音楽の多くがこの位置の範疇に入るかもしれない。 これは、なかなかな、気付きであった。 それから、「犠牲」の意味である。 私も音楽監督も昨年の震災に関連付けて、この曲を演奏することにした。 監督の言う「音楽は祈り」との言葉は、実はとても多くの意味をもつのだが、それでも核心的な部分を最も表現している楽曲の一つが「弦楽のためのアダージョ」であるからだ。具体的に何を祈るのではなく、ただ「祈る」ことそのものの音楽的表現と考えられる。 そう考えて選曲したのだが、「神の子羊」における「犠牲」の考え方(否定的な考えも含め)を知るにつけ、ただ事ではなくなってしまった。 かつて、昭和天皇が亡くなられた時にNHK交響楽団が追悼演奏会でこの曲を演奏した。これは、葬式音楽としての「バーバーのアダージョ」事始めであるJ.F.kの葬式の真似事に過ぎない。 N響に限らず、多くの国の多くの権威あると言われる、放送局や国営オーケストラが、その国の代表的な人物の葬式でこれを演奏する。なんの意味があったのだろう? オリバーストーンが映画「プラトーン」でこの曲を使ったのは、大いに意味があった筈だ。 音楽は言葉で考えてもしょうがないところが沢山ある。しかし、音楽に想起された某かは、わからなくても充分意義深い。が、わかれば成る程と合点がいくものであるし、わかれば「葬式音楽ではない」と言ったバーバーの思いにも行き当たる。J.F.Kの葬式でこの曲を使った人はそれなりに理解していたのだろう。その後の「真似事」とは一緒ではない。 そして、一時代を超えて、今、言葉では想像出来ない、被災した多くの人々の痛みや苦しみが音楽で理解されるのである。 残された者の痛み。この曲にはそこに通ずる某かがあるのだ。
年が明けた。
辛い年となった昨年を踏まえて、これからの一年を見通すならば、今年は昨年に増して辛い年となることを自覚せねばならない年である。 ただし、辛さの内容が全く異なる。 この辛さは、そこにあるとわかっていて、きちんと考えれば乗り越えられる筈のものだし、乗り越えねばならないものである。そして来年、再来年と希望を先に繋げることの出来る類いの辛さである。 いまさら、書く程のことではない筈だが、書かざるを得なかった。 さて、東京公演の月である。 音楽は一曲を区切りとしているが、演奏会は演奏会である。 いつでもそうなのだが、特に今回の東京公演は、一曲目が全てである。 二曲目も、三曲目も全てである。 「ああ、中プロは良かったね」と思われただけではダメなのだ。 前プロから最後まで「ああ、良いな」と思ってもらわねばならない。 気が付いてくれている出演者もいるとは思うが、 この公演でそれが出来ないようならば、今の音泉を続ける意味はあまりない。 何方かが違うと仰るかもしれないが、今回の東京公演で、前プロからしっかり出来ないようならば、私たちは音楽の楽しみを自ら体現していないし、ましてご来場のお客様に伝えること等、決して出来ない、と私は考えている。 思い返して頂ければわかるが、20回記念から始まった大浴場は、この東京公演で1つの区切りを迎え、それは自ずと音泉にとっての公演とは何かと言うことを突きつけているのだ。 そうなるようにやってきた。 だから、出演されるみなさんには是非とも真剣に魔笛を、コンチェルトを、交響曲を、どうしたら音楽としてみんなで喜びとなるように出来るかを考え、体現しようと努力して欲しい。 とは言え、頭でっかちになる必要はない。 やるべきこと、押さえるべきところ押さえたら、あとは客席を巻き込んで盛大にノリまくるのだ。 弾きたくて弾きたくて、吹きたくて吹きたくて、叩きたくて叩きたくてしょうがない自分たちを上手に抜かりなく一曲目から解放しよう。 それに、私たちにはまだ3回も練習日が残されている。
La Marmittaのセカンドコンサートに縁あって出演させて頂きました。
皆様、お疲れ様でした。 最初はガチガチでしたが、後半は食べ物、飲み物、某I君の迷(名)アナウンスもあって寛いだ、和やかな演奏会になりました。飲み食い交えての演奏は良いですね。大らかな気分で時間を楽しめます。 出演者も全体として良い時間をお客さんと過ごすことが出来る。音楽の色々な側面の中でも、もっとも楽しい側面の一つであると思います。とても楽しめました。 ジャズのステージでは飲み食いを伴うステージが一般的で、音楽ホールでのステージはあまりない。 世紀のインタープレーセッション・レコードとなったビル・エヴァンス・トリオの1961年6月25日のヴィレッジ・ヴァンガードでのステージ。お客は熱中して飲み食いもほどほどだったらしい。もっとも、お客が熱中していたのはステージの演奏ではなく、競馬だか野球だかのラジオ中継だった、との落ちがある。 昔(50〜70年くらいか?)のジャズプレイヤーには薬漬けになったり、アルコール中毒になったり、自殺したり、と言う方が結構おられて、色々と考えさせられることが多いが、ともかく音楽に身を投じた結果、紆余曲折の結果、破滅を招くことになってしまう。それだけ音楽に入れ込んでいて、中には客のことなんかどうでも良いくらいに「音楽」『音楽』とのめり込んでしまう人もいた。でも、大方は自分がハッピーになれて、聴いている人もハッピーになれるセッションを目指していたと思う。 先のビル・エヴァンス・トリオのように、もの凄いセッションをしていながら気のない拍手しか得られないライヴは不幸な例の一つであるが、飲み食いを伴う音楽はこうしたことに出会う可能性も高い。命懸けのプレーをしているジャズ奏者のステージが実はお客が音楽に集中出来ない空間であるところが、これまた音楽の面白いところでもある。そんなステージには音楽を聴きに行くのではなく、酒を飲みに行く、食事をしに行く、そういう客が集うのである。 さて、「ら・まるみった」でも宣伝して頂いたが、音泉の東京公演が近づいている。 第2回合宿も3週間後である。 ら・まるみったのお客さんは幸いにして、飲み物目的でもなく、食べ物目的でもなく、ラジオ放送に気をとられることもなく、暖かい気持で音楽を聴いて下さった。善意のお客さんたちである。あの場に集ったあのお客さんたちだから良い演奏会となった。何に喜んでもらうことが大切なのか、ちいと目的が紛らわしい音楽会であったが、それでも楽しんで下さったお客様に、まずは感謝である。 音泉の演奏会は、音楽を聴きにきて下さるお客さんがいらっしゃる。アマチュアの演奏会に来て下さるのだから相当に善意のお客さんと言える。だが、ら・まるみったのお客さん程の善意を期待してはいけない。音泉のお客さんには、全員で取組む音楽でしかお返しが出来ないのだから、私たちはお客さんの目的にも適うような演奏をしなくてはならない。 それにしても、ピアノの譜めくりという役は大変に緊張するものでありました。良い経験をしました。あまりの緊張をほぐすため、中休みにワインを飲んだら、思いのほか空腹に効いてしまい酔っぱらってしまった。後半最初の曲は当日チェロの譜面を見てやることにしたのだが、おかげで余計な事をせずにシンプルに音を拾って、脱力して演奏出来て良かった。練習よりもしっくりした演奏になりました。ピアソラはぐっと集中出来た。アルコールの力は偉大なり。酔っぱらってしまったのは誤算であり、申し訳ないことであったが、結果は良かったかも。 お客様の次には、一緒に演奏したみなさんに感謝。慣れないソロをとったり、カルテットをやったり、その他準備やら受付やら何やら、本当にお疲れ様でした。 久々に楽譜の揃わないステージで、短い期間にベースの譜面作ったり、譜めくりしたり、自分にもご苦労様でした。 さて、昼寝をしよう。
東京公演に向けた2回目の合宿まで、あと1ヶ月になりました。
来週には団員へ出席の確認、と言う手筈になります。 今シーズン、東京公演のための合宿においては私が細かい手配を行います。 1回目の合宿は、まあまあ上手くいきました。 2回目も上手くいくと良いのですが。 さて、古典プログラムの東京公演。 合宿に参加された方はお気付きのことと思いますが、監督の指示が少々細かくなっています。 音程に対してもアンサンブルに対してもシビアになりました。 でも、音楽を考えれば音楽の機微に求められる事柄は無限に細分化で来ますし、細分化するだけでなく全体をどう捉えるか、楽章をどう捉えるか、各主題、各フレーズ、連結部の関係をどう捉えるかという、少し大きくした見方も大事な問題になります。音程やアンサンブルのシビアさは、監督に求められる、求められないに関係なく正しくなくてはいけません。 目指すべきものは何ら変わらず、私たちが努力すべき事柄も何ら変わっていません。 これまでも気持のある方は、そのまま、これまで通り+より一層の努力をしましょう。 気持が萎えている方は、奮起して頑張りましょう。 気持が散逸しつつある方は、まずは自分がそういう状態にあることに早く気付くべきです。 私たちは音楽の楽しみを真ん中に考えていますが、音楽だけでなく、団員同士の付き合いや懇談、宴会、演奏会を成し遂げるプロセスにも楽しみがあります。そうした音楽の「周辺」的な事柄もとても大事なことですが、まずは音楽が大事である気持がないと、「周辺」的な事柄の大切さも楽しみも、本当は半減してしまいます。 そして、まだ見ぬ「お客様」も大切な共有者です。 「周辺」的な事柄の楽しみに酔ってしまうのは、仕事や家庭の日常から解放されての楽しみもあって致し方ないことではあると思いますが、まだ、ここにはいない「お客様」も最後は共に貴重な空間・時間の共有者となることを忘れて、酔っているのはよろしくない。 あの人、この人と聴きにきて頂きたい人を思い浮かべ、見知らぬ多くの方に聴きにきて頂き、充実した空間、時間を共有する「夢」を大切にしたいと考える今日この頃です。 まあ、大勢ご入場頂ける=赤字が減る、との穿った見方もありますが。 ともかく、第2回合宿まであと1ヶ月です。
斎藤秀雄さんが「子供のための音楽教室」時代にK.136の冒頭を子供達のオケに何回もやり直しさせた、というお話を折につけ小澤征爾さんが仰っておられることは、ご存知の方も多いと思う。
全音符と8分音符。 何しろ「恐い」斎藤先生が無言で何回もやり直しをさせる。 きっと、恐かっただろうな、と、思う。 でも、「恐い」先生が前におられると言うことは幸いである。 自ら気が付かねばならないことがあるから、言葉では言い尽くせぬ、伝わらぬ、意味が薄れる、ことがあるから、気が付くまで繰り返されるのである。 我々はわからぬまま、気が付かぬまま、通り過ぎる。 気付く人と気付かぬ人が出るから、なお悪い。 繰り返しになるが、モーツアルトとハイドンとベートーヴェンの全音符や8分音符の有り様は同じように弾けなくてはならないが、作曲者によって、その曲によって、その曲のどこかの部位によって、一つとして同じ意味にはならない。つまり、同じに弾いてはならない。 聴く人が異なった感触を持って聴けるように演奏することは、ほとんどテクニカルな問題であって、演奏者の単なる気の持ち様だけに置き換えることは大分端折っているところがあると言わざるを得ない。気の持ち様は当然あって、その上でテクニカルに弾き分ける必要がある。 そんなことが出来るのだろうか? やる前から出来ぬと判じてしまえば、それで終わりである。 恐い先生がいるも、いないも同じになる。 それで良いのか。 そんな考えならば、私はどこに足を向けても寝ることが出来る。
態勢を固める、などと言う。
何故、そのようなことが必要になるのか? 新しい事態に対応するためであるが、緩んでしまった姿勢を、改めて整える時に「固める」と言う。 事態が変わらなくても変わっても、こういうことは必要になる。 音泉は今度の東京公演で、ベートーヴェンのピアノコンチェルトを演奏する。ソリストは団員として、何やかにやとお世話して頂いている岩波佳代子さん。 私は彼女のベートーヴェンが聴きたい。 それが聴けて私たちのベートーヴェンが出来るのだと思っている。 伴奏をしているつもりになっていたり、合わせてもらっていることに甘んじているようなベートーヴェンはやりたくない。 そして、ハイドンとモーツアルト。 今まで、大変なプログラムは沢山組んできたが、こんなに厳しいプログラムを組んだことはない。 しかし、音泉にとってこれは新しい事態ではない。音楽を前にして新しい事態と言うものはない。 厳しいならば、厳しいものをそのまま受けて立つしかない。 願わくば、音泉の全員が、出来ても出来なくても、まずは正面からこれに向かうことである。 音楽からは逃げたり誤摩化したりは出来ないのだから。
世の中には色々な考え方がある。
音泉のブログで政治談義をするつもりはないので、例えとして取り上げたと言う範疇で、読んで頂きたい。 先週の内閣不信任決議騒動は騒動であって政治ではない。 政治には騒動がつきもので、時には騒動から新しい道筋が生じる事を狙って行われることはある。 しかし、震災対応に全力で取組まなければならないこの時期にそのようなことをするのは不謹慎を通り越している。政治家として法治国家の運営を預かる者がすべき事ではない。 でも、どうしてもそうしなければならないのなら、これは致し方ない。 そうと信じた者は政治生命を賭して全力で当たるべきである。そして、事態の混乱のないよう、しっかりとした道筋(退陣後の体制を構築しつつ、失政を示し、認めさせ、不信任案を提出、可決、解散ではなく内閣総辞職させて、間髪置かずに次の体制を整える)を示して、これを行うべきである。 と、言うのが私の持論。今回のは失政すらきちんと指摘出来ていない。 でも、これはどうやら少数意見らしい。 まずは、「首相退陣」ありき。これがどうやら世の中の奔流らしい。 ネット上の情報や、マスメディアによると。 私は、世の中の考えとしてそう言う考え方が多数であってもあまり困らない。 不快ではあるけれど(この「不快」にはあまり意味がない)。 特に問題ということではないが、これまでの、そして今後の音泉の方向性と言うのは、世の中の奔流とは別のところを流れている、と言う事は言える。 方向性だけでなく、運営の仕方もである。 私たちは、上に掲げた私なりの政治の道理と同じ道理を用いて、今度の小海や東京公演のプログラムを考えたと思っている。それはこれまでの音泉の活動に繋がっており、今後の活動へと繋がっていくものである。 私たちは自粛傾向の強い、震災一週間後に、自らの意思で、予定通り公演を開催した。 その公演で生じた事、判明した事、理解した事、色々な「事」を積み重ねた結果として、次のステップへと踏み出している。 伝統的で斬新なハイドンへの道である。斬新で瑞々しいベートーヴェンへの道である。 伝統的で斬新で瑞々しい信濃舞への道である。 後ろがあって、前がある。 前があって、後ろがある。 当たり前だと思っていたのだが、どうも最近は当たり前ではないらしい。 その、当たり前ではない考え方(もの凄く斬新で私には理解出来ない)でも良いので、少しでも早く、確実に震災への対応を進められるよう、日本と言う国としての力と、日本人と言う人としての力が発揮出来るように、では、私たちはどうすれば良いのか? 私は、これまで通り後ろがあって前があるやり方で頑張る。 そうではない人とも頑張る。 これは非常に保守的な考え方だ。 たまたま、世の中の動きがこのようになって、あからさまになったが、今度の音泉のハイドンはそもそも、後ろがあって前があるから演奏する事にしたのだ。 あからさま、ってのは少々こそばゆい。
ハイドンを演奏する。
毎度のことながら、大変な覚悟が必要である。 そして、毎度のことながら、いつも、覚悟が足りないと感じて終わる。 音符の一つ一つをどのようにしても弾けるつもりになれるくらいの練習が出来れば、この覚悟に近づけることはわかっている。それでいて、きちんと楽譜を弾くことが出来るようになっている。 自分がきちんと楽器に向き合っていて、それで、みんなと一緒にやれて、心の底から、なんの蟠りも生じることなく、音楽の喜びに直に結びついている。 ある意味、ハイドンはテクニックである。 他のいかなる作曲家の作品に比べてもテクニカルであることが重要だ。 質が悪いことに、テクニカルにかかる命題も含めた上でのテクニカルなのだ。 我々はテクニカルの本質を理解していない。 まずこの点において、日曜演奏家たる我々にとっては試練となる楽曲である。 我々にとってのテクニカルとは「弾ける」ということである。 でも、殊更にハイドンは、それでは駄目なのだ。 「弾ける」と言うことでさえないくらいに弾けなくてはならない。 日常的に、当たり前に、普通に。 だから、当たり前の解決策として、ともかく練習するのである。 例えばメトロノームで。 メトロノームがいらなくなるくらい、メトロノームで練習をする。 でも、なかなか、そんなには出来ない。 頭を使わないと、出来ないでおわり。 頭を使っても、出来ないことが多い。
多くの方の思いやりと協力によって、松本公演を開催することが出来た。
小さな演奏会だが、もの凄く大きな演奏会になった。 人としての先達に見守られ、意思を共にする仲間と、たまたま通りがかったという方まで含めた多くのご来場者のみなさんとともに、生きていることの喜びを実感した。そして、その喜びは、身を裂くような痛みを伴っていた。 私の知らない人が、瓦礫の下にいる。冷たい海の底にいる。冷たい雨に凍えている。眠れぬ夜を過ごしている。 アンコールのピアノを聴きながら、私は、私の知らないそうした人々と共にいると感じた。 今、この災厄は最も目に見える形で顕われている。 しかし、時間の経過とともに私の目から遠ざかって行くことになる。その地の人の途方もない悲しみや多くの障害を残したまま、やがて、あまり人目につかなくなる。すると、人の心が離れはじめる。 一生懸命節電に協力した人、なけなしの生活費から義援金を出した人、そういう善意の人々の心が段々と離れ始める。社会の負った損害が、今よりもっと浸透して、遠くの人々にまで及ぶようになって来ると、みんな自分が生きることに必死にならざるを得なくなって来る。そのこと自体は社会の不可抗力的な性質と言える。 でも、その地の人の悲しみや障害は、その時でも現実なはずだ。 それは忘れてはいけないことだと思う。 地震の前、リビアやエジプトで多くの市民が理不尽な死を迎えている。その前にも、そのまた前にも、世界の何処かで、自分の隣で、自分の知らない誰かが理不尽な死を迎えている。 ショスタコーヴィッチを演奏し、アンンコールに月の光をやったとき、何十年も前に流刑地のシベリアで死を待ちながら月を眺めている収容者を思った。そして忘れない。 私のような、忘れっぽい人間が言うのもなんだが、人と言うのは忘れっぽい。だから生きて行けるとも言うが、そろそろ、思い出しておいた方が良いことが沢山ある。忘れてはならないことが起きている。 前回のブログでは、非力な私が出来る最良の方法として、必要最低を旨とする生活を書いた。それは確かにその通りだが、それで、別の人を死なせることになる可能性にも配慮する必要はある。 今回の松本公演では、みんなが出来ることをやった。なるべく燃料を使わず、公共の負担をかけず。 議論した訳ではないが、みんながちゃんと災害のこと、音楽のこと、演奏会のことをしっかりと考えて、きちんとした意思をもって、演奏会を開催した。お客さんも音楽を求めていて、私たちが、この状況で音楽をしていることの意味がちゃんと伝わった。 目に見える援助も出来た。みんなの意思で決め、お客様にもご協力頂いて集めた義援金は9万円を越えた。 実は、開催が正しいのか、間違っているのかはまだわからない。 でも、開催して良かった。これは間違っていない。 とても、良い演奏会になった。
前回、松本公演の開催を強く宣言しました。
これは、覚悟のためです。 確信ではなく、覚悟です。 「行動が思想を決定するのだ」とのセリフ、記憶にある方はまだまだ多いと思います。 何と心細く、気弱な言葉だろうか。こんな言葉に酔わなくては起こせなかった行動とは何であろうか、と思います。 今日、団内から「何故開催するのか?」「止めた方が良い」との意見が届きました。 開催するぞ、との号令下、みんなが苦労して準備を進めている最中で、それを知りながらこれを言うことはとても勇気のいることだったと思います。 そして、その意見を聴けて、とてもほっとしている自分がいます。 多分、出演するみなさんが多かれ少なかれ持っている気持であり、意見だと思います。 さらには、日本中の大多数の方が、同じ立場にあれば、そのように思い、考えるだろうと思います。 これは、とても大事なことです。 今、被災地では、食料、衣料、燃料、薬剤等、あらゆるものが不足していて、少しでも手に入れたいとの思いは、生死に関わるところから発せられています。あらゆる援助を待ちわびている。 直接的な援助の手段を持たない我々に出来る最良のことは、物資の消費を節約し、公共の施設設備を必要最低限以外利用せずに、余力として社会に蓄えさせることです。これが、巡り巡って被災地への援助の厚みとなる。電気を節約する、病気にならないように細心の注意を払う、事故を起こさない。こうした少しの努力を集めることで、被災地で電球1個を灯すことになったり、医師を一人派遣出来るようになったり、消防士を一人、救援に携われるようになったりするのです。 なのに、何故、燃料と時間と労力とその他諸々を使い、周囲の人に時に迷惑をかけ、助けてもらいながら長野で演奏会を開催するのか。 本当にそんなことをする必要があるのか。 こんな時に開催しても、お客さんも来ないし、反感を買うだけではないのか。 私は演奏会を開催する理由として正当性のある説明が出来ません。 正しいか間違っているか、わからない。少なくとも正しいときちんと説明することは出来ない。 でも、必要と言うことならば、必要だと言える。 多くの方に無駄と思われることをして、正しくないと思われるかも知れないことをして、しかし、これは必要だと言うことが出来る。 私自身は非力で何も出来ないような人間です。一人で楽器を弾いても誰かが聴いてくれるような美しいメロディーは奏でることが出来ません。そもそも、その為の楽器ではないし、そうした楽器をそこまで高める技術も持ち合わせていません。何人かに集まってもらって初めて音楽として聴いて貰えそうな曲の一部分を受け持つことが出来ます。いつも誰かと一緒にやることでしか音楽を作れない。音楽の中で、共にあろうとする積極的な意識と姿勢が互いに出会うことでしか、何かを伝えられない。 でも、いつもそこにあるのは拙くても素晴らしい音楽です。 聴いてくれた人がお世辞ではなく、楽しんだり、ほっとしたり、悲しくなったりする音楽です。 音泉にはそれが出来る。 そうしたことが、世界に必要ではない時があるとは思えない。 全ての人に必要かどうかはわからないけれど、多くの人に必要なはずだと言うことはわかっている。 今は尚更必要だと言える。日本中が怯え、緊張している。 だから、やれることをやろうとするならば、慎ましく生活することも大事だし、それはやれるし、するのだけれど、けれども、その前に、それと同じくらい、大切なこととして、音泉として演奏をすることだと思う。 それは、同じようなことが出来る人々もいるとは思うけれども、音泉でなければ出来ないことに違いないのだ。 当たり前のことを、中から、きちんと言って貰えて、私は恵まれた代表だと思う。 そして音泉は充分に多くの迷いと躊躇の中で健全だと言える。 このブログをご覧になった出演者は、少しは確信に近づけたであろうか? 私は、おかげで、演奏会前に確信が得られた。 みなさん、しっかりやりましょう。
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