2013年 01月 01日

あけましておめでとうございます。

今年も宜しくお願い致します。

と、挨拶してみたものの、実は年末年始の気分がまるでない。
今年はとても久しぶりに31日、1日と続けての休暇で、実家に帰って過ごしたのだが、正月気分がまるでない。
そんなわけで、音泉の今年のお題目も考えていない。
今年は管楽器の年である。これは予定通り。
では、管楽器を中心に据えて我々は何をテーマに頑張るべきか?

あまり良く考えていない適当な状態で言うのも何だが、今年は「宇宙」かな、などと思ったりする。

「宇宙兄弟」がブームになっているし?

私が思っているのは「宇宙兄弟」とはあまり関係がない。
どちらかと言うと昨年観測されたかも知れない「ヒッグス粒子」の方が関係がある。
「宇宙物理学」は理論としてもの凄く発達して来た。「宇宙」は物理学の理論によって説明されて来ている。このことに因縁を付けるつもりは全くないが、その方向に於いて日夜様々な努力を重ねている方々が、どうしても「ちょっと、へんかも」との思いを隠せなくなって来ているような時点に達しつつあるような気がする。婉曲な表現になってしまうのは、物理学による世界観を理解する能力が私にはまるでないからなのだが、素人向けの「サルでもわかる」みたいなものを読んでみると、これはちょっと変かも、と思わずにはいられないのだ。
理由は単純で宇宙を語る物理学が記述だからだ。
物理学全般で言えば、観測を伴う研究が沢山あるのだろうが、大きい世界と小さな世界に関する物理学は「観測」という立地そのものを充分に考察しなければならない地点に来ている。「観測」とは哲学の問題なのだ。
私たちには心強いことに物理学の大先生がおられる。実践的な研究に携わっておられる団員もいる。酒を酌み交わしながら1年かけて、色々とお話を伺いつつ、自分の宇宙を想像してみるのも良いかも知れないと思っている。
宇宙は勿論、みんなのものでみんなが共通して理解出来る言葉で説明されるのが良いことだとは思うが、その説明が哲学の領域に入るならば我々は一人ひとりの宇宙をきちんと想像しなければならない時期に差し掛かっているということでもある。かつて「私たちの地球は・・・」と仰った方(故人)は「宇宙を研究するということは、宇宙を通して私たち自身を研究することだ。」と宣われた。
真意はともかく、なかなか素敵な言葉である。
そして、なにより音楽は宇宙と同じなのだ。

と言うわけで今年のお題は「宇宙」で、如何でしょう?
これがまた、このブログ、殆ど書いてないから、読まれないし、反応ないし。やれやれ。
[PR]

by bassbassbassyy | 2013-01-01 23:50 | 音楽


<< 4分の2拍子      東京公演合宿第1号 >>