2009年 10月 05日

ブラームスはお好きですか?(13)

 合宿、お疲れさまでした。006.gif
 合宿、疲れました。042.gif
今回の演奏会は色々な方に随分とお世話になっているのに、何故か、孤独に一人でやっているような気がすることがあります。それが疲れた気分にさせるのですが、ああ、なるほど、こういうのが、独りよがりなんだなぁ、と思い至りました。021.gif

 演奏も同じですね。合宿で監督にご指摘頂いたのですが、バーゼルの1楽章でどうしても8分の1音符分早く入ってしまうところがありました。自分なりにスコアを見て他の楽器との絡みを確認して、メトロノームで練習して、完全に大丈夫、と思っていたところなので、ありゃりゃ、って感じでしたが、もう一度、スコアで確認したらヴァイオリンの節を間違えて記憶しておりました。練習の録音聴いたら、ばっちり8分の1音符分間違えて自信満々に入っておりました。小海のときは間違っていなかったので、言われなかったら(明らかに間違いなので言われないわけないけれど)気付かず本番でもやるとこでした。これも、独りよがりですね。039.gif

 自己弁護ですけれど、音泉のようなやり方では、この独りよがりは起き易いと思います。
明らかなタイミングや音程の間違いならば、注意を受けるので直せますが、解釈違いは見逃されることも多いと思います。特に音の強弱は、明らかでいて分かり難い。強弱記号は相対表記ですから解釈一つで如何様にも解されます。その解釈が独りよがりとならないための基本は、楽譜から前後、全体をきちんと読み込むことでしょうが、これはなかなかアマチュアには分かり辛い。合奏の中で監督に指摘して頂くまでは分からない。でも、監督だって全てを指摘できるわけではありません。限られた練習時間の中でやっていることなので、分かっていても指摘できないことだってあるでしょう。そんなときは、気が付いた人が指摘してあげられると良いですね。030.gif
「ここ、こう弾いていたように聴こえたけど、本当はこうじゃない?」てな具合に。何が正しいのか、より良いのか、分からなくなったら、監督に訊けば良い。幸い、音泉の練習では休憩時間は沢山あります。伺う時間はたっぷりあります。
 また、監督の指摘と自分の考えとが異なることもあるでしょう。自分の考えの根拠が曖昧であれば、成る程と思って受け入れることも出来ますでしょうが、ニュアンスに関すこととなると根拠を説明するのも難しいし、かと言って、はいそうですか、と、受け入れてしまうのも、何となく許せない気になってしまうものです。そんなときも、そのまんま監督に伺ってみるのが良いと思います。監督は音楽の良き理解者であると同時に、合奏のより良き裁定者でもあります。楽理的に自分の主張は正しいのだ、としても、合奏する上で演奏効果の妨げになることもあります。話し合って納得して直すのが一番良い。音泉はそれが出来る場です。意見はどんどん監督にぶつけましょう。間違っても、私にはぶつけないでください。027.gif

 で、ブラームスですが、案の定と言っては大変失礼なのですが、自分はこう弾きたい、というのがなかなか出来にくいようですね。CDの演奏などの模倣をすると、それで出来たような気がしてしまいますが、実際は楽譜とも違えるような状態になっているだけ。と言うことがしばしばあります。今回の合宿では聞覚え的な演奏に終始してしまうところが多少なりともなくあったように思います。先ほどの私のバーゼルの様に、聞覚えではなくて自分なりにスコアを精査したつもりでも、とんでもない間違いを起こすことがあるわけで、聞覚えとパート譜の読み流しでは変てこなことになるのは無理からぬことです。ゆっくり音楽に割く時間がなかなか取れないのは、失業中でもそうなのですから、働いていれば尚更のことと思います。しかし、何とか時間を作ってじっくり、ゆっくり楽譜と向き合いたいものです。特にブラームスの音楽においては聞覚えによる模倣は演奏上好ましくないことをはっきり認識しておきましょう。
 仮に万人が認めるブラームスの名演がCDで出ていて、これをかっちり真似したとします。
確かにブラームスらしい音は出来るかもしれません。その意味では模倣も意味のないことではないと思います。しかし、ブラームスは音楽を曲に託しています。音楽とは自ら生み出すものです。借り物では、本当に音楽していることにならない。子供の歌う民謡でも、酒場で奏でられるダンス音楽も、そこで奏でる者が自らを晒して喜んだり、寂しさを紛らわしたり、楽しんだりしているから音楽と言えます。ブラームスの考えていた音楽とは楽理上の音楽ではなくその様に人の心に根ざしたものだったと思います。ブラームス的にはドイツ人の心の奥底から発せられる心根のある音楽こそが音楽だった。それが交響曲に託されている。だとすれば、借り物はまずいですよね。それから、独りよがりも。拙くても自分のものであるべきだし、自分自身とみんなとが、たとえそこに驚きや、発見があったとしても(むしろそれは素晴らしい)、理解し了解できる音楽でなければならないと、思うのです。
どうでしょう?
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# by bassbassbassyy | 2009-10-05 00:39 | 音楽
2009年 09月 25日

ブラームスはお好きですか?(12)

では、そろそろ「演奏」に焦点を当てて話を進めましょう。003.gif

これまで、考察してきた事柄については音楽に対して副次的に派生している事柄です。演奏する上で知っていて損はない。場合によっては必要な知識。そう思って下さればよいかな。でも、独りよがり的なイメージに従って弾いてしまうと不味いな、とか、演奏上の注意についてこれまでより慎重にならないといかんかな、とかブラームスってよく分からんけど、成る程、具体的なイメージはないのか、とか理解していただけるともっと良いかも。

実際、作曲家が交響曲のどこに人生観や生活観を滲ませるかは全く分かりません。多分、本人も分からないと思います。言いたいこと、と滲み出るものは異なるからです。普通の曲を演奏する際にはこの両方を意識しなければならない。この主題は何々を想起させるように書いてある、だから、ああせい、こうせい・・・とかね。
 ブラームスの場合は思想、信条、物語と言った言葉で分かる言いたいことは、特になかったはずなので、却って難しいかな?でも、音楽として言いたいことはあったはずです。「これが私の音楽です」と切々と訴えているように、私には思えます。切々として全体で一つ、そんな感じです。だから、どこが大事、あそこはこのイメージ、と言う具合に割り切った言い方が出来ない。ベートーヴェンと同じで、息つく所がないのですね。この間、上越で1番を演奏させて頂きましたが、まあ、別の理由もあるのですが、最後まで持ちませんでした。心身ともに。申し訳なかったなぁ。一応でも、トラとしてのっているのに充分にお役に立てなかった。その位、疲れます。これまで、ブラームスの交響曲は全て演奏しました。けど、ちゃんと考えていなかったせいか、途中で駄目になるほど疲れたことはありませんでした。でも、色々考えて、こうも、切々と音楽を訴えられると、どの音一つ気が抜けなくて、ともかく譜読みだけでも疲れた。そういう風になるんです。本当に。
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 さて、話は変わりますが、また、いきなり、私事ですが、早いパッセージが弾けません。4分音符=130だと16分音符はもう弾けませんね。絶対に。同じ音を刻むのが精一杯です。それ以上はしません。と、言い切ってしまうと監督が怒るので、事実とは異なりますが、弾くための努力は怠らず、常に邁進しているのですが、悲しいことに演奏には結び付いていない、と申しておきましょう。この間のチャイコフスキーの4番の4楽章なんか「グシャグシャ、グシャグシャ、グシャグシャ、ブンブン、ドンドンドン」で、なにやってんだか全然わかりませんでした。太鼓みたいなの。
でも、実際問題、「私の音を聴いてくれぇぇぇ」というところは早いところでは無理ですね。ムリムリ。絶対。音を聴かすなら、私の場合は何と言っても全音符とか2分音符ですね。第一、あの魅惑的な白丸が良い。物事の深淵を感じさせますな。なるべくなら、程よい長さで弓の心配をしなくて良いところ。そしてポジション移動がなくて音程の心配をしなくて良いところが良いです。もう、俄然心を込めて弾き込んじゃいますな。皆さんは如何ですか?木管の皆さんは「やっぱ、メロディーでしょ」と、言うかも知れない。確かに全音符だけで出来ているメロディーならば言うことなしですな。でも、実際はメロディーは難しい。弾くのも吹くのもだけど、それだけではない難しさがあります。どなた様かのご指示のように「低いところは大きく少し長めに、駆け上がったら行ったらフォルテピアノクレッシェンドで前へ進まないとダメです。」とか言われると、もう、何がなんだか分からなくなっちゃう。「私の音を聴いてぇぇぇ」どころではなくなっちゃうのが現実ではないでしょうか。でも、あの指示は必要だからあるのであって、伊達ではありません。オケ全体の中で音楽を引き出すために、全てのパートの関連を考え精査した結果です。これを違えてしまっては、自分自身がそこにいる意味がなくなってしまう。結局、メローディーでは「私の音を聴いてぇぇぇ」というのはそのままでは実現できないでしょう。その代わりに、「こう弾いて欲しい」と言う要求が出ますので、これを一生懸命実現すれば良い。時々「やりすぎです」とか「大げさに言ったのです」とか言われてしまいますが、そのときはそれで直せば良い。時には、「私なりに全体を考えてこう弾かないといけないと考えましたぁぁぁ」的なことをやってみるのも良いでしょう。間違っていなければ、指でOKサインが帰ってきます。
ともかく、メロディーは大変です。そんな訳でやはり全音符でしょう。もう、全身全霊込めて、えいやぁ、とばかりに弾いてしまいます。
PPPなのに。
 そう、悲しいことに全音符のところは半分はPP以下、半分はff以上ですが、ffのところは金管楽器や太鼓もffなので「私の音を聴いてぇぇぇ」が実現されないのです。私(Bass)の場合。やり切れませんね。
 そこで、音を聴いてもらうのは無理でも、心だけは込めることにしました。思いっきり心を込める分には誰にも文句は言われません。でも、どんな心を込めれば良いのでしょうか?清清しい夜明けの様な静寂のpppに憎悪の心を込めてもしょうがないですからねぇ。そういうわけで、音楽を考えるわけです。ここはどの様な心を込めればよいのか、と。そこが出発点です。
ここを出発点とすれば、作曲家の心を求めるようになる。考えていなければ、何も求めてはいないことになります。

くどい様ですが、早いところは弾けませんので心の込めようがない。監督、怒ってるかなぁ。
ともかく、早いとこ以外は、つまり弾けるところは、すべて心を込めたい。
そこで、今度は監督の心に迫るわけです。
音楽監督は音楽の専門家であります。曲を演奏する際にはまず、楽譜に対峙してこれを良く知るところから始まる、とのたまわれたことがあります。楽譜からは色々なことが読み取れます。でも、読み取りたいのは見て取って分かることだけ、ではありません。「何故?」を読み取らねばならない。楽理や奏法や音楽にまつわる専門的な知識が備わっていれば「何故」を見つけることも出来るのでしょう。そうそう、「音楽をする」という責任感もないといけませんね。早いとこが弾けないアマチュアとしてはどうでしょう?「音楽をする」という責任感は自負していても、それに伴う知識がない。困りましたね。わからんのです。
何が「何故」なのか。「何故」ばかりは、何で「何故」なのかを自分で分かっていないと誰にも「何故」を問うことが出来ません。
こういうときは、常に原点にもどるにかぎりますな。
どんな音を出すべきか?
やはり、ここから始めれば間違いない。
音楽は音の集合ですが、一つ一つの音に意味があるから、集合したところで大きな意味になる。今、目の前にある音の意味を考えなければ、いつまでたっても意味のある音楽にはなりません。意味が集まったところでの整合性は後から考えましょう。上手くすると誰か(多分、監督が)教えてくれるでしょう。
では音の意味とは何でしょう?色々な言い方があり、見方がありますが、ここでは役割と考えたいですね。一つの和音の中で、一つの音には、その和声に対する役割があります。基本的に言えば主音が一番良く響かねばならない。内声は少し小さめ出なければならない。でも、和音が二つ並ぶと、それまで「小さめに」と言われていた役割が変わってしまうこともあります。音が連なれば、こっちが大きく、こっちが小さく、という具合に役割も複雑化します。「その複雑化するところがわからないのよ!」と、言うことであれば、一つ分からないところが分かったことになりますね。これを「何故?」に繋げるには、楽器で弾いてみることです。しっくりする音が見つかればしめたものですね。すると、これは「何故」になる。何故しっくりするのか?とね。
一つの交響曲で、一体幾つの音があるか、パートによっても異なりますが(同じ給料でも)、ともかく、相当な数の音があります。この一つ一つに「何故?」が生じる可能性があるわけですし、その可能性は私たちのようなアマチュアにとっても「何故」であり得るわけです。
 今度は、その何故に自分なりの答えを見つける必要があります。分からないけれど弾く、と言うのでは、説得力に欠けます。是非とも自分なりの答えを見出したいですね。
自分なりの答えを見出したところで、多分、監督と同じ土俵の端くらいには位置できたものと考えてみてください。監督の答えと、自分の見出した答えと、同じであっても、異なっていても、構いません。見比べて、精査し、より良い結果が得られるかもしれない。こういうことの積み重ねの結果として、楽器を通じて音を重ねることが「息」を合わせることになります。タイミングを合わせるだけのアンサンブルを超えることにもなりますね。それに、こう言うのをアウフヘーベンと言うのです。ドイツ音楽をやるのだから、アウフヘーベンしないとね。
「そんなに、頭ばっかり使っていられるか!インスピレーションだって重要じゃないか!」との話もありますが、真に直感的なものは思考訓練の賜物です。スポーツと同じで、音楽的思考の訓練をして身に着けた結果としての反射神経的なものこそが、音楽の場で求められるインスピレーションなのだと思うのです。どうでしょう?もっとも豊かなインスピレーションは訓練の幅が広がり、例えば美味しいラーメンを食べる、という訓練が音楽の美しいメロディーにつながったりもする、と、監督は本気(?)で考えています。
こうして蓄積したものは、自然と滲み出るものです。例えば指揮者が「ここは、こうやって、ああやって」と指示します。一見すると演奏者は雁字搦めになって自由がなくなった気がします。でも、音の可能性は想像以上の広がりがあります。色々考えた事柄は、指揮者の指示に従った、さらにその先にも開けています。アマチュアの場合、大概、指揮者の指示は音楽全体の整合性に基づくものです。その上に、演奏者の解釈上の何某かが結びつけば、それは結果として良い音楽に結びつくでしょうし、自分の充足感も得られるわけです。もし、これを自分考えのみ優先でやってしまうと、指揮者の意図とずれてしまい、結果としてアンサンブルから外れてしまうでしょう。
ちょっと、難しく書いていますが、例えば屋根の上のちぇろ男さん。決して音楽のことばかりを考えている人ではありません。仕事もそこそこするし(そこそこしかしない)、休日にはゴルフも(ばかり)します。
でも、仕事の合間合間(年中)に、ふと音楽のことを考える。ゴルフにうつつを抜かしているようでも、コースを歩きながら来週の演奏会(そういうわけで本番1週間前の練習に出ていない)のことを考える、酒を飲みながら、あの指揮者はこうする、ああする、(金くれ金くれ:カラヤン/悲愴)と皆を笑わす、こうしたことが、演奏に出る(出て良いのか?)。指揮者に指示されればその通りに弾けるように練習も(多分)しますが、自然に自分の持ち味をその中に織り込んでいる。この方の場合、あまりに自然なのでそういう過程が見えてこない。でも、まあ、「何故」を考えると言うのとはちょっと、違う気もしますが、音楽のことに頭を使っているのは確かです。ちぇろ男さん、引き合いに出してごめんなさい。
 「何故」の積み重ねがないと、ただ指揮者の言うとおりに弾いていることで「私は誰?」に陥ってしまう場合もあります。この場合は、実はまだ救いがある。音楽に対するそうした自分の姿勢に疑問がもてたわけですから。中には、「私は誰?」の疑問にも行き当たらない方もいます。時間つぶしか、何だか分からない目的でオケには来ているけれど、唯言われるがままに楽譜の音を出して満足してしまう。実は、プロの演奏家の方にも大勢、そういう方がいらっしゃいます。そういう方は音楽を人生の喜びにすることはなかなか難しいでしょう。別の喜びなら直ぐに手に入れるでしょうが。
 演奏者こそは音が全てです。これを機能的に正しい音を出すことが全てと、勘違いしている方が大勢いらっしゃる。そうではなくて、演奏者は出した音が全てなのですね。その出した音に全てが現れてしまう。だからこそ、能動的であってはいけない。積極的に、一つ一つの音に自分を込めていかなければならないのですね。
 そんな訳で、早いとこ、が最後に残されました。
私は、弾けないので、どうしたら良いかは皆さんが考えてみてください。
私は弾きません。

まあ、結局のところ、演奏者としては曲のどこが大事、と言うよりも、全てに意味を見出し、心を込めることが大事と言うわけです。

言っていることと、やっていることにギャップがあるのが、また味わい深い。


さて、そろそろ、合宿の時間ですね。
行って来ます。
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# by bassbassbassyy | 2009-09-25 21:47 | 音楽
2009年 09月 24日

ブラームスはお好きですか?(11)

前回の続きです。
ソナタ形式だ循環形式だ、と言いながら、その形式がどのような型をしているかは学習済みでも、意外とそうした個々の形式の意味については考えていないことがありますよね。そこで、今更ながらに、ソナタ形式について解説しました。今回はブラームスがソナタ形式の何に拘っているのかを、考えて見ます。そして、ちょっと、長くなるけれど、一度まとめますね。019.gif

 交響曲では第1楽章にソナタ形式を用いるのが一般的ですが、それは、ソナタ形式自体に存在感があり、人の心に広大な空間を作るためです。これを1楽章に据え、聴衆の心に出来た空間に、これに続く各楽章で物語を展開させることで、自分の考えやイメージを聴衆に伝えようとしたわけです。それがロマン派の多くの作曲家の手法です。
 
 しかし、ブラームスは、少なくとも私の考えでは物語を持っていません。そこには音楽あるのみです。ブラームスが第1楽章にソナタ形式を用いたのは、過去の大家の作品がそのようにしているから、という理由も説明の一つでしょうが、ブラームスなりの理由があったはずです。
 それは、一つはソナタ形式がドイツ的な思考方法に合致していたからです。思考方法ですから、イメージではありません。思想信条でもない。ただの方法です。ブラームスにとっては「そのように致しました。」という意識もなかったかも知れません。日常的に何かを考えるように音楽を考える。言葉ではなくて音楽で音楽を考える。すると、それは自然にドイツ観念論的な方法に則って考えられる。極めて自然にソナタ形式が発想できたと思います。
 また、一つは、「存在感」だと思います。ブラームスは聴衆に忘れられないような存在感のある音楽を提示したかった。それも、自分が慣れ親しみ、聴衆も良く知っている方法で、です。ここに、ブラームスのドイツ的なものの一端が垣間見られます。
 ブラームスの交響曲における構築性の必要性は、人の心に音楽を提示するための空間確保であるわけです。また、その手段そのものが、存在感を主張しているわけです。そして、そこにブラームスは自分の人生観や生活感が滲み出ることを知っていた、または期待していたのではないかと思います。しかも、それは非常にドイツ的なあり方です。
このことは、形式についてのみ言えるのではなく、メロディーや音の考察にも、事情は多少異なりますが、そのまま利用出来ると思います。
 例えば、メロディーは小さな宝石です。生れ出た最初は形も歪で、色も鮮明さに欠けますが、いらないものを除き、削り、磨きをかけることで、宝石になります。この宝石を交響曲の中でどのように使うかで、何を表明出来るのか?ブラームスが表明すべきは音楽そのものです。メロディーが持つ歴史的民族的意味合いや叙情性は物語との関連がないので音楽存在そのものへ収斂されてゆきます。だから、極論を言ってしまうと、よく磨かれたメロディーならば、基本的に何を使っても構わないわけです。書いてみると、随分思い切ったことの様に思われますが、きっとそのはずです。しかし、メロディーは交響曲の中で磨かれた姿のままでいられるわけではなく、繰り返され、変奏され、分割されます。これに堪えうるものでなければならないし、他のメロディーとの組み合わせも考慮しなければならない。そうして選択されたものが交響曲で使われるわけです。音楽の手段に堪え得るメロディーだけが使われている、という程に音楽的な理由はないでしょう。また、実際に理論を扱う様に2つのメロディーを止揚させてみる。止揚することで生じる、大きな変化をみて、音楽的な奥行きがでるかどうか、を調べもしたでしょう。そうして、交響曲に使うメロディーを厳選します。選ばれたメロディーだけが交響曲に使われます。
 でも、実際はブラームス自身、個々のメロディーに対してそれぞれへの愛着はあったと思います。交響曲で堪え得なかったメロディーは歌曲になったり、室内楽になったりしたのではないかと思います。ともかくも、メロディーもまた構築性と等しく音楽の存在感を醸し出すものでなければならないと言うことです。041.gif

 さて、生活史を見たり、歴史を見たりした後に、楽典の話しに至ってしまいましたが、そろそろ、もう一つの結論に至っても良い頃だと思います。
次回は、一つの結論に至ることとしましょう。029.gif


 第1楽章の第1主題を扱った後からここまで、色々な話題を散文的に扱ってきたので、若干まとめてみる必要がありますね。
今日において、ブラームスの音楽は、深い意味を持ち、それに見合う強いサウンドの力を持ちながら、構築性の表現が困難なため、または聴衆の理解力が低いために、「心」に響きにくい。

この最初の結論から、我々が構築性のために何が出来るのか?という疑問に行き当たりました。そこでブラームスの交響曲の構築性は何のためにあるのか?ブラームスは何のために交響曲を書いたのか?を考えました。
そこでは、ロマン派の多くの作曲家と異なりブラームスの交響曲には表題性がなく、理念や物語を託しているのではない事を見出し、そして、音楽のための音楽であることを結論付けました。しかし、全ての作曲家の内なる音楽は理念や心情を超えて、人生観や生活観に根ざしたものが必ず含まれており、どんなに表題的な音楽であってもそれは滲み出ていることを考察しました。ブラームスの交響曲は表題的ではなく、純粋に音楽的であるので、ブラームスが滲み出しているはずの世界観や人生観に着目してみました。
そこで、ブラームスにとっての規範が何であるか、人生観まではなかなか踏み込めないものの、社会背景と照らしてどのような生活態度であったかを調べました。生活歴に関しては、でかおさんの紹介もあって「回想録集」に委ねましたが、社会背景については大雑把ですが、それを概観しました。結果、ブラームスは「古き良きドイツ」と、その「ドイツ人の生活」を人生の規範に据え、その枠組みから踏み出すことを躊躇していたように見えました。音楽もまた社会と隔たったところに位置づけました。このことは、自らが尊敬するシューマンとはまったく異なった生き方でありました。そこで、音楽に立ち返りブラームスの人生観や生活観が滲み出ているはずの、メロディー、構築性、音そのもの、から特に構築性について「形式」を詳しく見ることで関連を見出そうとしました。形式との関連を見ることでおのずと、メロディーや音そのものとの関連も見えてきました。ブラームスは彼自身より古い手法によって音楽を音楽に託せる事を見出し、その手法で音楽の存在を際立たせることが出来ました。その手法とはソナタ形式であり、メロディーもまた交響曲に耐えうるように磨き、選別することで音楽の存在を主張し、音そのものもまたこれに習う形でブラームスの交響曲に現れているだろう、ということまで、たどり着きました。

 そして、一つの結論に至りましょう。要するに上の20行あまりをまとめるわけです。
 若干言い換えも入りますがご容赦を。

 ブラームスの交響曲は音楽の存在を主張するためにあり、そのためにソナタ形式等、従来的な方法で作られている。これらは、「古き良きドイツ」を規範とするブラームスの信条にも合致した方法であった。こうして絶対音楽としての交響曲をロマン派の時代に築くことが出来たが、そのためにブラームスは自らの存在する時代、社会と自らの音楽に隔たりを置かねばならなかった。

 長々と書いてきましたが、言っていることはこれだけです。と、言うわけでもないのですが、ともあれ、まとめは以上です。

 そして、ここから次の話題に進むわけですが、その前に一つの疑問だけ呈しておきたいと思います。
 少しだけ本文に書いたのですが、社会と自らの音楽に隔たりを置かねばならなかったことで、ブラームスの立ち居地は微妙に歪みを生じたことと思います。「古き良きドイツ」人であるブラームスが、尊敬するシューマンの在り様と異なった位置に自分を置かねばならなかったこと。それは音楽的な意味合いはまるで異なるものの、若い頃に「穏やかに」決別したリストの立ち位置に近いことを意味したこと。この二つから生じているはずです。
 それは、またブラームスの人生的な課題であり、社会に直面している自分の姿でもあったわけです。また、何より音楽的な意味で自分が何を成しているのか不安にさせる立ち位置でもありました。この歪みは間違いなく音楽、特に交響曲に現れているように思います。しかし、その歪みがどのように「含意」されているか?これは、大きなテーマになり得ると思いますが、ここでは考えずに、演奏を実践しながら噛み締めたいと思います。038.gif
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# by bassbassbassyy | 2009-09-24 00:32 | 音楽
2009年 09月 21日

ブラームスはお好きですか?(10)

 ブラームスの人と歴史についてかなり長々と考えてきましたが、これが交響曲にどう影響しているのか、これを考えることで、演奏上なにが変わってくるのか、そこらへんに話しを持ってかないと、脱線したまま終わっちゃいそうなので、そろそろ音楽に話しを戻します。でも、”見えてくる”のはまだちょっと先になります。037.gif

 ロマン派の多くの作曲家は自らの理念を現世との関係を持ちながらも一歩か二歩、場合によってはブルックナーのようにまるで関係ないと思われるところまで進ませて、音楽に託す傾向があります。過去であれ未来であれ、もしくは宇宙であれ、現世と連なりながらも現世とは異なる理想(反理想)世界を音楽に託すわけです。こう書くと分かりにくいのですが、要するに、現実の出来事をヒントに物語の世界を作り上げてそれを音楽にするわけです。
 例えば、国民学派のスメタナについて考えても、「我が祖国」のボヘミアは民族自立に燃え立つ当時の現状のボヘミアではなく、ボヘミアの自然とその自然の中で生活する人々を描いています。その描写は社会的な性格のものではなく、ボヘミアの自然と人との不変的な関係性にある一種の理想郷です。そうした理想郷的「我が祖国」だからこそ第2の「国歌」たるを得るわけです。
 悲劇的な意味合いでは、例えばマーラーなんかも同じことです。常に自分探しをしなければならず、立地点としたいはずのユダヤの血は社会的差別に会い、そこに安住することが出来ない。この現実に対する心の葛藤をイメージしたものが曲に宿る。メンデルスゾーンやシューマン、良く知られているロマン派の音楽家は誰もがそうした傾向を持っています。
 しかし、ブラームスは交響曲に音楽を託しているので、現世とも、理念とも、そもそもの隔たりがあります。何度も言うようですが、そこには意識的には現れ得ない、人生観や生活観が滲み出るのみです。そこでブラームスが作曲した交響曲に対して大切にしなければならないのは、音楽の背景となる理念や物語性ではなく、メロディーや構築性、そして、そこに生み出される音「そのもの」だろう、と言うことです。それを素直に探求することでまた、滲み出ている人生観や生活観が表現されると考えられるわけです。
 でも、こういうことも言えると思います。物語性が欠けているのなら、音楽としての構築性は何のためにあるのか?と。
 以前から述べているとおり、音楽の構築性は、空間と時間の両方を人の心に創造し、そので何かしらが行われる様を提供する場であります。時空世界と物語がなくて、何のための構築性か?
まずは、このことを知るために、あらためて形式について考えて見ます。

 ベートーヴェンが荘厳で緻密なしっかりとした建物みたいなソナタ形式を用いたのは、そこに庭や村や森の背景をくっつけて一つの城下町を作るためです。城下町には色々な人が住み生き生きと活動しています。領主もまた、悪い領主であれ、良い領主であれ、城下の人々とまみえながら生活しています。そこに物語が生まれた。狭苦しい制約ばかりの生活を強いられているのは、この城下では領主領民共々で、圧力は「外圧」です。共に手をとり、勝ち得た自由を喜びを持って掲げました。この曲が「運命」なわけです。別に領主、領民でなくても構いません。城を寺や、役所や会社に例えたって何ら問題はありません。ともかく、人が社会的に生活するくらいの広がりのある空間です。ソナタ形式は人の心に時間的経過を含む広大な空間を作ることが出来ます。それ自体が物語的要素を持っていますが、交響曲では、そこにロンドやスケルツォ等の別の形式をくっつけて、物語を、より広く、深いものに仕上げているのです。
 ベートーヴェンはロマン派の作曲家ではありませんが、ロマン派の作曲家に必要な空間作りの技法は殆ど全て彼の技法に拠ります。後の作曲家はそれを応用することになりました。ソナタ形式を用いることで人の心に音楽のための空間が出来ることを、いわば「発見」し、その作り方を整えたのがベートーヴェンであったわけです。
 ソナタ形式の最も重要な効果は音楽の存在感を醸し出すことです。ソナタ形式は文章で言えば「起承転結」。これはその他の形式にも言える事ですが、ソナタ形式の存在感は格別です。例えば循環形式は一つのまたは複数の旋律がその他のものの間に繰り返し垣間見られることで、音楽を印象付けますが、主題となる旋律や流れそのものは印象的ですが、全体としての存在感には欠けるものがあります。有名なところではサンサーンスのオルガン付きがありますが、どうでしょう?存在感がありますでしょうか?印象的ではありますが。
 ロンド形式はどうでしょう。これも、比較的単純な構造で基本的には二つの旋律が一つの別の旋律を挟んで繰り返されます。速いテンポの躍動的な旋律が繰り返されることで爆発的な高揚感があります。ベートーヴェンの第7交響曲の4楽章はまさに興奮しますね。でも、存在感は今一つではないでしょうか。循環形式もロンド形式も、この応用がジャズです。ブルースは一定のコード進行によって支えられている一つのテーマを何十回も繰り返すことで演奏されています。ブルースの曲は何千とあるのに、コード進行の型は一つです。たった12小節の繰り返しが、世界中で多くの人々を魅了しているのです。こうした、比較的な単純な作りの音楽は、もとはどこの民俗音楽でも行われていることで、人の心は「繰り返し」によって何らかの高揚感を生む、ということが利用されているわけです。クラシックではシャコンヌやパッサカリアも同じですね。

 ソナタ形式は序奏の後、異なる二つの旋律が提示され、それらが変奏され、再現され、終結します。特に大事なのは提示された旋律が変奏される際に大きな変化を感じる調性に移行することと、再現される際には二つの旋律(主に第2主題が)が調性も(第1主題に)より近い関係に置き換えられ、この二つが融和することです。当然第1主題は変奏されながらも何度も繰り返されるので非常に印象的になりますが、第2主題もまた印象的であり、再現されたときには第1主題に寄り添ってこれを支えて奥行きを醸し出します。限られた時間の中で旋律が繰り返され変奏し、融和することで空間的な広がりと時間的経緯を印象付けるわけです。さらに、終結部において、主調は守りながら(守られないこともたまにあります)比較的自由に第1主題や第2主題、他の旋律を様々な形で綾なす様に繰り広げ終結させることで、だめ押しする(ベートーヴェンはここが得意)。他の形式に比べ圧倒的に存在感があるのは空間的な広がりと時間的経緯が印象づけられるからです。また、再現部で「融和」すると言う事柄はドイツ観念論的な思考方法に近いものがあります。対立する概念(第1主題と第2主題)が様々に精査(変奏)された後に止揚(アウフヘーベン)する。ソナタ形式はドイツ人の思考法、19世紀の世界を代表する考え方の一つと同じような方法で現せられているわけです。ドイツ人にとっては音楽と言葉を同じ方法で考えることが出来たわけです。
 得意になっちゃいますよね。音楽は自分たちのものだと思うでしょう。
 ベートーヴェン自身、ソナタ形式の基本的なお約束事については少しづつ、ちょっと変えちゃえ、と変形させています。ブラームスの頃には色々な変形が行われて、逆にソナタ形式の効果が薄れてしまうものも沢山作られていました。今日、良く聴かれる曲はその後の淘汰に勝った音楽と言えますね。

ちょと、長くなったので、回を分けます。
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# by bassbassbassyy | 2009-09-21 02:00 | 音楽
2009年 09月 18日

ブラームスはお好きですか?(9)

世界史の時間は些か退屈だったかも知れませんね。
ともあれ、今度は、そんな社会背景を有したブラームスについて、どんな人だったのか、ちょっと考えて見ます。014.gif

 ブラームスは特別に音楽の発展を考えている人ではなかったことは、「古典的」「保守的」と言った言葉でよく紹介されている通りです。しかし、変わったことを拒絶したり、新しいことを意味なく嫌ったりすることはなかったようです。同時代のブルックナーとの争いは、その殆どがメディア上で作られた物であったし、今日よく理解されている、ワーグナー派の代表としてのブルックナーと争ったと言う構図は事実ではありません。「指輪」のことは公然と茶化したり、嫌ったりしていましたが、ブラームス本人が、ほぼ死ぬまで大切にしていた「マイスタジンガー」の実筆総譜は面白いやり取りの末、ワーグナーから直接貰ったものでした。ワーグナーを尊敬しているとも言っています。ただし、自分の作るものにおいては、古典的なものを手本として、さらに人に教えるときは自分のものではなく、古典から引用して音楽の基礎として定着したものを教えていたようです。
 こうした、「昔からのもの」を大切にする気風は日常にも反映されており、それはブラームスにとって「古きよきドイツ的なもの」となって生活の折々に繁栄されています。「古きよきドイツ」とは自らがプロテスタントであったことにも関係しますが、「ヨーロッパの田舎」としてのドイツ人気質がその本質だと思われます。
 これは今日我々が抱いている現国家ドイツのドイツ人のイメージとはかけ離れていると思います。しかし現在でもドイツ人の本質はそこにあると考えている人は大勢いるようです。ドイツで生活したことのあるわたりさんに伺うと分かると思いますが、田舎人ドイツ人のイメージには質素で、朴訥で、まじめで、内向的で、シャイでありながら、明るく、社交的で、親切で、親しみやすく、家庭を大切にし、大地を愛する、というものがあります。
 ドイツにおける産業革命の後、プロイセン帝国やウィーンで流行った「ビーダーマイヤー」とはそうした古くからのドイツ人気質を現すものでした。国政や外交に関心がなく、華美な装飾を嫌い、やさしい気遣いを大切にし、ウソをつかないことが美徳でした。これが生活様式や美術に反映されたのが「ビーダーマイヤー様式」です。
 そもそも、小国の集まりであったドイツでは、領主と領民の間でも人としては対等で、両者間の契約(民を守り、税を払う)では経済的な事柄も大切でしたが、「信義」を重んじたと言う点で他の先進ヨーロッパ諸国諸領とは異なった側面を有していました。プロテスタンティズムがそうした気質を養ったという人もいます。また、「信義」は古代ローマからの伝統でもあります。ブラームスはそうした古き良きドイツとドイツ人気質を愛し、自らも実践していたように思います。逆に、華美なもの、表面的なもの、経済的のみのものは嫌っていました。これはマスコミを嫌い、社交界を嫌い、権謀術数に満ちた音楽の業界を嫌い、「気難しい」「不機嫌」と言われる基となったようです。
 また、親しみが過ぎて、軽口を叩いたり、品位に欠けるジョークを口にしては顰蹙を買っていたのも事実です。それが元で、親友と言われる人々、例えばクララでさえ辟易し、関係がこじれることもしばしばだったとか。まあ、今日的に言えば、所謂「オヤヂ」だったのでしょう。
 
 そうしたブラームスは特別発展的な音楽を志向したのでもなければ、当然社会的な音楽を志向したとも言えませんでした。社会問題に対する認識がどうであったのか、詳しい記述は見つけることが出来ませんでしたが、ビスマルクの熱烈な支持者であったのだから、関心がなかったわけではないでしょう。また、子供好きでしたから、貧困に喘ぐ子供を目にすれば、同情的だったに違いありません。しかし、可哀想、とは思っても、それが音楽にまつわる活動に繋がることはありませんでした。そうした子供たちには施しを与えるべきだと考えたのでしょう。売名と思われることを嫌っていたので、無名寄付を行ったり、行おうとした記録があります。また、労災婦人のための慈善演奏会に出演した記録はあります。
 
 ブラームスに限らず人の人生観は簡単には説明できませんが、ブラームスは複雑で動的な社会背景を有しながら、自分の音楽とそれらを結び付けようとはしませんでした。その、「しない」ことが彼の人生観の一つだと私は考えています。付き合いそのものは短時間でしたがブラームスの敬愛するシューマンは「複雑」で「動的」な社会を全て背負い込まなければならない作曲家でした。殆ど「業」といっても良い程のその性がシューマンの人生をあのようなものにしてしまったのではないかとも思えます。ブラームスはそれを近くで見ながら、そのようにはしない自分について、どれだけの信念があったかは分かりませんが、自分の人生の中で音楽を社会とは隔たったところに位置づけたわけです。しかし、そのことでブラームスは、計り知れない苦しみを感じていたのではないかと、私は思います。
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# by bassbassbassyy | 2009-09-18 06:38 | 音楽
2009年 09月 15日

ブラームスはお好きですか?(8)

さて、世界史の時間です。027.gif
ブラームスが1885年に第4交響曲を書くまでに起きたヨーロッパの大事件のうち、ブラームスの周りの空気がどのようなものだったかを彩りそうなものを選んでまとめてみました。
あまり、興味のない方も時間があるようならば読んでみて下さい。あまり、ピンとは来ないかもしれないけれど、ヨーロッパの情勢がいかに複雑かは理解していただけると思います。030.gif


1842年ハンブルクの大火、ブラームスは9歳でしたが、この大火で自由都市ハンブルクは大打撃を受け経済崩壊の危機に瀕しています。翌1843年にブラームスは地元の音楽家マルクスゼンに師事しますが大変なインフレ状況で酒屋等のバイトをして家計を助けねばならなかったとのことです。

1848年2月革命、3月革命:パリで起きた農民と労働者の蜂起(2月革命)は翌月にはドイツ・オーストリア・イタリアにも伝播し各地で同様な革命(3月革命)が起きました。基本的には農労者の困窮に対する不満の爆発ではありますが、ヨーロッパ的な社会規範が一つ瓦解したと考えられる出来事です。特にメッテルニヒによるウィーン体制下の民族主義、民主主義の抑圧政策基盤はこのとき崩壊しました。革命自体は幾つかの局面の後に鎮圧されますが、音楽の都ウィーンでも多数の市民が弾圧の犠牲になっています。ちなみに、北イタリアのオーストリアからの独立運動を鎮圧したのがラデツキー将軍で、父シュトラウスが彼のための行進曲を書いたのもこの時です。

1852年フランス第2帝政:ルイ・ナポレオン=ボナパルトが第2共和制大統領の立場でクーデターを起こし、現政権制度を武力で解散した後、国民投票で皇帝となっりました。何で大統領なのにわざわざ、クーデターまで起こして皇帝になったのか、と思いますが、必然性はあるのです。おじさん(良く知ってるナポレオン)の失脚の関係で幼少時代をドイツ語圏で生活した彼は、2月革命の関係でフランス共和制大統領になったものの、政権内に友達がなく思う様に政治が出来なかったのですね。皇帝になった後、自分の思うように政治が行えるようになると、権威主義的傾向を強めるとともに、植民地政策でも帝国主義的となり、勢力拡大中の後進国ドイツとは何かと対立する様になります。

1862年ビスマルク、プロイセン首相に就任。実は我々の知っているドイツはこの頃はまだありません。この頃のドイツを説明するのはとても難しいし、正確には出来ないと思いますので、文献を読んで下さい。大雑把には、オーストリア帝国とプロイセン王国とドイツ連邦からなり、ブラームスのいたハンブルクはドイツ連邦の由緒ある自由都市(教皇から3回も認証されてます)でした。ブラームスにとっての「国」観ってのは、我々とは相当に異なると思います。
1864年統一ドイツ成立(大ドイツ主義:オーストリア主導)、ドイツ・デンマーク戦争、1866年ドイツ・オーストリア戦争、1867年北ドイツ連邦成立(小ドイツ主義:プロイセン主導)1870年ドイツ・フランス戦争
:戦争ばかりですね。
統一ドイツはドイツのことではありますが、オーストリアの思惑と南ドイツの諸勢力の思惑が重なって出来たドイツで、今日的なドイツよりかなり広いドイツが出来ました。これを許したビスマルクは政治に巧みだったのですね。時期に瓦解することを見越していたのです。66年の戦争でオーストリアの思惑を排した後、67年、今のドイツに近い統一ドイツを成し、1871年初代ドイツ帝国宰相に就任します。
フランス戦争では先のナポレオン3世が失脚し、その後の数ヶ月間、パリコミューン(労働者革命による社会主義国家)が実現します。それも、後に元の帝政政府に挽回されて、コミューンにかかわった市民の大量の処刑者を出します。
1878年社会主義社鎮圧法:社会主義思想はイギリスから発生して広くヨーロッパに行き渡っていたことは48年革命やパリコミューンをみてわかると思いますが、これは産業革命以降、資本主義経済の発展の陰で多くの貧困者と労働問題を社会が抱えていたからです。40年代にはマルクスが社会主義の理論強化を行い、やがて唯物史観論による革命の必然を説く様になります。前々から現体制から社会主義者への弾圧は行われていましたが、この法律はそれを制度化したわけです。同時に、災害保険、健康保険、老齢年金等の社会保障制度をビスマルクは実施してゆきます。「飴と鞭」と言われる政策です。街には貧困者があふれ、工場では婦人が、炭坑では子供が働いていました。事故も多く、大勢の労働者(主に子供)が日々死んでいたとのことです。

1881年オーストリア、ロシアと三帝協商、1882年オーストリア、イタリアと三国同盟。こうした同盟によりイギリス、フランスの大国を牽制しながら、条約当事国もまた緊張状態に起き下手に動くと火がつく仕組みを作ることでビスマルクはドイツの勢力拡大と一定の平和を手に入れました。

物凄い時代です。今の私たちの時代では、自民党から、民主党に変わっても日常的にはどうと言うことはありませんが、ブラームスの時代は、政治にかかわることは生きるか死ぬかの問題を必然的に孕んでいました。政治の影響力は強く、
この間、ブラームスはハンブルクからウィーンへ移り住んでいますし、オランダ、デンマーク、イタリアやスイスへ旅行もしています。友人も国籍は様々。国家観と言うものは相当に複雑になると思いますが、ブラームスは愛国者でした。71年にはヴィルヘルム1世に勝利の歌を献呈しています。同じ年にウィーンに移り住んでいる感覚も良くわからない。ともかく、ブラームスの生きた時代には、こんなことがありました。4番交響曲を書くまでの間に限りましたが、なかなか大変なもんだと思いますよ。
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# by bassbassbassyy | 2009-09-15 13:00 | 音楽
2009年 09月 09日

ブラームスはお好きですか?(7)

 ブラームスの場合は、音楽に託す思想信条等が同時代の他の作曲家と異なりました。特に交響曲については、各曲に対する音楽以外の固定観念を聴衆に持たせまいとする努力すら感じられます。ブラームスは散文的に思いついて貯めておいたアイディアを文学的な関係性を絶って一つの音楽とするために、交響曲の構成に対する特別なアイディアについても考えねばなりませんでした。または、文学的連関を断って思いついてしまった構成に関するアイディアを具現化しなければならなかった、ともいえます。その基になるのは、日常的なブラームスの思考規範であり行動規範であったと思います。

ブラームスの日常の生活態度は先に紹介した「回想録集」に詳しいですので、是非、読んでみて下さい。とても面白いです。しかし、彼の日常の別の側面。つまり、ブラームスを取り巻いていた社会状況はどんなものだったか。これを知っていないと、折角の書簡集も充分に読み取れないところが沢山になってしまいます。
今から見ると、それは「歴史」の領域の話しです。しかし、例えば私にとっての20年前、昭和天皇が崩御し、カラヤンが他界し、天安門事件が起き、チャウシェスク政権が崩壊し、本人が銃殺された年であると思い起こせる様に、ブラームスにとっての例えば第4交響曲を書いた20年前の1865年、「トリスタンとイゾルデ」やシューベルトの「未完成交響曲」が初演されたり、独逸・デンマーク戦争の処理が行われたり、リンカーンが暗殺されたりと言ったことは、充分記憶に残っていることに違いないのです。そして、ブラームスの頃のヨーロッパの社会状況はまさに「激動」の名に値する時代でした。

私たちは、音楽愛好家としてクラシック音楽と接していながら、その作品が生まれた時代的、社会的背景にあまり目を向けていません。バッハやハイドンを演奏する時にそれがとても重要なこととは確かに思いにくいですね。でも、ロマン派の音楽はそう言うわけにはいかないことが多いと思います。歴史的、社会的認識(どんな認識であるかは個人のものですが)を持っておかないと、この時代の後に起きた多大な幸福と災厄に対する責任を、実は、私たちも背負っていると言うことがわからないまま、つまり連綿とした時の流れの中で「繋がっている」という実感を充分に持てないまま楽曲に取り組むことになります。これは「空洞的」な音楽と言われるの最も基本的な立場となります。
とは言え、ここで十分な歴史の講義は、私の能力と時間と労力からして出来ませんので、ドイツ中心の歴史から大まかなことだけトピックと簡単な解説として後日記載しますね。ブラームスがいかに激動の時代に生きていたのかが分かると思います。
すると、6000円出して買った「ブラームス回想録」集もより面白くなりました。
ちょと、得した気分になりましたよ。
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# by bassbassbassyy | 2009-09-09 03:03 | 音楽
2009年 09月 02日

ブラームスはお好きですか?(6)

さて、先にSNS上ででかおさんにご紹介頂いた、ブラームスのエピソード。「ブラームス回想録集①~③」(2008:音楽の友社)読みました。これはお勧めです。ブラームスを身近に感じたいなら6,000円出して買って損はないです。でかおさんのご紹介通り、気難しくて不機嫌で、人を寄せ付けないブラームスのイメージが一転します。これを読んで、私はブラームスの時代背景とその作品との間にある「そぐわないもの」の殆ど(全てではないですよ)が解消されました。003.gif

ブラームスは音楽で何を語っているのか?
これにも、大きく関係しますので、みなさんどうぞ読んでみて下さい。
さて、結論からいいます。

「ブラームスは音楽で、音楽を語っている、もしくは主張している。」

なんか、簡単過ぎる言い回しで真実みがないですね。不思議なことにこういうことは色々な評論家の先生方が仰る様に難しい言い回しをしないと、本当ではないような気になってしまう。

「ブラームスは音楽でのみ語れる事柄を表現している。」

こうすると、文章的に「?」があって、少しは本当っぽいかも。

ベートーヴェンは人間の栄光と人類の平和を音楽に託しました。ベルリオーズは人間の内なる不条理を交響曲にしました。多くの作曲家が、自分の思いや考えを音楽に託しました。ブラームスは自分の音楽そのものを音楽に託した、と思います。これは、「音楽のための音楽」と言ってしまえば同じであるはずのハイドンやモーツアルトの音楽の在り様とは異なります。ハイドンやモーツアルトの音楽は、実用音楽でした。決められた空間で、決められたお客に対して、最高の満足度を達成するのが目的です。もちろん、自分のためにも作曲しているわけですから、音楽の意味としてそれが全てではありませんが。ブラームスの場合はロマン派全盛の時代にあって、世間的に言われる思想信条、場合によっては実用性すら省みず、ただ音楽のために音楽を考えたのではないかと思うのです。どちらかと言うと、バッハの世俗音楽と言われている分類の曲に似ているかもしれません。
ただし、ブラームスの場合、ロマン派と言われる音楽を背景にこれを考えなければならないのでとてもややこしい。

例えば、先のベルリオーズですが、彼自身がアヘンを吸ってか、または、綿密に練ったか、は知りませんが、ともかく殺人の計画を立てた経験を、架空の男の見た夢の話として音楽にした、と言っています。多分、半分は本当でも、半分はウソです。ミニチュアスコアを買うと高名な学者先生の解説がついているので読んでみて下さい。私はスコアを何処かになくしてしまった。確かに夢らしい不条理な話ではありますが、一連の文脈があり具体性に富んでいます。あんな夢、見る人いますかねぇ。ロマン派文学の中ではありそうですけど、私の周りで見そうなのはひろささんくらいでしょうか。
着想の基となったのは夢でも、それを敷衍する別の話があって、それと分かるところは秘匿しながらストーリーを組み立てた、と言うのが本当のところだと思います。これは、当時のフランスロマン派文学の有り様と深い関係がありますな。
まあ、何にせよそうして曲を書いたわけですが、あの交響曲の全てがベルリオーズの考えたストーリーに合致しているわけではありません。そこにも必ず音楽のための音楽が入っていると思います。固定楽想の手法を採用しているのは音楽のための手段ですね。
誰でもそうですが、何か良いアイディアを思いつくとそれを実現したくてたまらなくなる。作曲家は何かを表すために音楽を考える時もあるでしょうが、具体的な目的もなく、ふと思いついてしまうアイディアもあるはずです。むしろ、そうしたものの方が多いかも知れません。こうしたアイディアは使わずにおれない。なんだかんだ理由をくっつけて曲にしてしまうこともあるでしょう。だから多くの作曲家が楽譜帳を持って歩いた。ふっと、湧いたアイディアを書き留めるためです。そして何年も暖める。そして機会が来たときに作品に織り込むのです。

こうしたアイディアは作曲家の生活そのものです。具体性はないかも知れないけれど作曲家が生きる中での様々がエッセンスのように凝縮してその中に入っています。もちろん思想信条が入ることもありますし、散歩の途中で見かけた乞食の女の子のことが入っているかも知れない。神への思いや、戦争や病気や、ともかく色々です。ですから、個々のディティールとその曲に託された思想信条とは、実は関係がないこともしばしばなのです。しかし、単にそれだけでは、何故そのアイディアをそこに持ってきたのかの理由が分かりません。そこにそれを持ってくるのもまた、作曲家の価値観であり、思想信条であり、センスなのです。なんか取り留めのないような話ですが、実は私たちも日常的に同じ事をやっています。人に何か抽象的なことを伝えなければならないとき、「例えばね、」で始まる文脈をよく用いますが、これは同じことです。基となる考えがきちんとしていして、「例」の選択にセンスがあれば、話の内容が相手に伝わるばかりでなく、自分の人となりまで相手につたわります。でも、「例えばね」で始まる話そのものは、そのとき相手に伝えるために蓄えていたわけではないのです。
そんな訳で、どんな曲であれ、その曲のもつ意味合いとは、実は関係のない音楽のための音楽が含まれているわけです。
ちょっと、話しが脇へ言ってしまいました。
ここらで、一区切りしておきましょう。
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# by bassbassbassyy | 2009-09-02 01:02 | 音楽
2009年 08月 26日

ブラームスはお好きですか?(5)

「投稿がない!」と大人気もなく騒ぎ立てたら結構、色々なお話を頂きました。やってみるものだ。003.gif
(今日は大いにまじめなので、ここから先は字を大きくしたり絵を入れたりしません。自分がわからなくなっちゃうからね。)

みなさんからのお話を伺って、ブラームスには人それぞれ、様々な思いがあることがわかりました。
そんな中で、何となく共通した思いは、「難しい」というものでした。それと同時に「来ない!」感覚ですね。
3番の第1楽章の第1主題で「胸が張り裂けそうになる」ゆーすけさんみたいな方もいらっしゃいますが、ベートーヴェンやチャイコフスキーやマーラーのように心に直に届くものが少ないという感じが、「良い音楽なんだけどなぁ」と言う感じと相まって、「難しい」と言う言葉を生んだのだと思います。
このことは、ブラームスに限らず、今日的な音楽の在り様に対する示唆ではないかと、私は思いました。
音楽が王侯貴族の物で、教養の一部であった古典時代とは違い、今日の音楽は、「頭」(教養)と分離した、「心」で聞かれている一つの査証でしょう。

ブラームスの時代は今日同様、音楽が大衆のものになって定着していました。しかし、啓蒙と革命の時代を過ごした後の民衆は産業の担い手である中産階級と、産業の被使役者である労働者階級に分割され、経済力とともに、教養が階級を二分する一つの指標でした。音楽が対象とする大衆はこの両者を含みますが、音楽の担い手の一人である作曲家は中産階級の援助なくしては(経済的に)成立しなかったと言う現状があったので、無教養な大衆に訴えるサウンドの力とともに前時代以上に教養に訴える哲学的な意味を持たなくては十分に受け入れられなかったようです。つまり、当時、音楽は頭と心で聴かれていたわけです。
ここで言う哲学的な意味とは文脈的(含む:反文脈的)な意味と形式のことです。哲学的な意味については何となくわかると思いますが、形式が何故ここで出てくるのか?(形式とは、例のソナタ形式とかロンド形式のことです。)

今日的にはあまり感じることはありませんが、形式と思考様式(意味を考える方法=哲学のこと)とは密接な関係があります。特にドイツ観念論(さらに、その中でも取り分けカント、ヘーゲルの弁証法)はシュトルム・ウント・ドラングを通じて文学に浸透し、ハイドン以降の音楽形式の考え方に思考様式の類似性(例えばソナタ形式は弁証法的に説明が出来る、と言うこと)が見られます。形式自体は思想の歴史より古くからあったのですが、文学の古典主義からロマン主義へ至る経緯で音楽に如実に影響を及ぼしたようです。

そして、心情に訴える力(=サウンドの力)と哲学的な意味とを結びつけるのが構築性です。この構築性は古典派の最後の代表と言われるベートーヴェンが具体的な方法でもって具現化しています。ロマン派の音楽とはこの哲学的な意味を無裁量に拡大解釈し、具現化された構築性の手法を最大限利用し、さらに磨きをかけ、殆ど崩壊の淵にまで発展させて、拡大した哲学的な意味に見合うようにした音楽とも言えますね。ともかく、そうしたわけでロマン派の音楽は様々な思想信条を備え、それに見合うサウンド力を持った作品群となりました。今日、これらの作品を聞くとき、主に教養の部分が担っていた哲学的な意味について上手く聴き取れなくても、サウンド力は私たちの心に強く訴える力を持っています。今日的な我々の音楽の聴き方は、このサウンドの力に重きを置いたものと言えますね。相対的に意味の方はどんどん顧みられなくなって来ているようです。

そうしたときに、今日、ブラームスの音楽が「来ない」と言うことについては、ごく単純に考えると次のことが言えると思います。
①哲学的意味合いが薄いために、強いサウンド力を持っていない。
②哲学的意味合いは深くあるのだが、強いサウンド力は備えていなかった。
③哲学的意味合いは深くあり、それに見合うサウンド力も備えているが構築性に問題があるため「来ない!」

我々は「難しい」と感じており、且つ、主題や和声にも魅力を感じているのだから③が最も正確に言い当てているようですね。
この「問題」をさらに幾つかの可能性として考えてみると、次のように言えると思います。

イ:ブラームスの作曲技法に問題があり構築性を持つことが出来なかった。
ロ:ブラームスの作曲技法には問題なく構築性が発揮されているが、演奏がそれを表現出来なかった。
ハ:ブラームスの作曲技法には問題なく構築性が発揮されており、演奏もよく表現出来ているが私たちがそれを聴き取れなかった。

これは明らかにロとハが最適と言えるでしょう。

今日において、ブラームスの音楽は、深い意味を持ち、それに見合う強いサウンドの力を持ちながら、構築性の表現が困難なため、または聴衆の理解力が低いために、「心」に響きにくい。

(かなり無理強いだけど)一つの結論を得ましたね。

では、次に私たちの演奏について考えて見ましょう。ここまで分かっていれば、そんなに難しい話ではありません。
私たちが4番の交響曲を演奏する上で大切になるのは、第一に構築性です。
構築性を表現するには、この楽曲に付されている意味を理解し、サウンドの力を充分に発揮する必要があります。
優先順位を付けるならば、「構築性」、「サウンドの力」、「意味」となりますが、構築性自体がサウンドの力と楽曲に付されている意味に依拠している訳ですから、3つは等しく大切だと言うことになりますね。
「なんだ、他の曲でも同じじゃないか!」と思っている、あなた(私も)。そりゃ、そうなんだけれど、今まで自分がオケで演奏する上で、どれだけこの3つを大切にして来たでしょう?
特に「構築性」のために何か出来たでしょうか?
少なくとも、私はそんなに考えていなかったなぁ。
でも、ブラームスを演奏して、お客さんと何かを共有したいと思ったら、これ、大事です(パクリ)。
自分と同じく、煮え切らない感想をお客さんに抱かせるのは、どんなもんでしょうかね?
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# by bassbassbassyy | 2009-08-26 02:01 | 音楽
2009年 08月 17日

ブラームスはお好きですか?(4)

投稿が!少ない。007.gif
まあ、そうだろうな、とは思ってますけど、少な過ぎる!021.gif

怒っても、しょうがないので(怒っちゃいないけど)、続きを書く前に、監督が投稿して下さった事柄について、ちと、解説というか、折角なので詳しく書きましょう。017.gif

前々から言ってますが、わたしたちは何かを考える時に言葉で考えています。今日の晩ご飯は何にしよう?トンカツが良いかな? とか、みんな言葉で考えています。音楽を考えるときも言葉で考えてる。

汐じゃなかった塩味を強くしようか、味噌味にしようか、と想像して料理するのと同じように、暗い感じで奏でようか、滑らかに吹こうか、この旋律には望郷の念が出ているはずだ、と具体的に言葉で考えて演奏をする。自分自身がタマネギや人参や牛肉になって、ただ良い素材であろうとしても駄目です。

ちゃんと、自分で料理して、その料理を持ち寄る事で宴会になる。その為には、ちゃんと音楽も考えて作っておかなければ駄目よ、と言う事ですね。

さらに、物事は何でもそうだけれど、頭の中で考えた事は言葉にして口に出す、出来れば文章にする、ことで補強される。他の人と語り合う事で補完される。
最終的には楽器で具体的にする訳だけれども、それ以前に自分の意志をはっきりさせる事はとても重要で、「こう弾くのだ」と言う意志もなく、ただ譜面に書いてある記号部分を表層的になぞっていても実は効果的な練習にはなっていない。「こう弾くぞ」と具体的なイメージをもって練習する事で楽器は「音」ではなく「音楽」を奏でることになる。

これをみんなで持ち寄るから、楽しい宴会が出来ると言う訳です。043.gif

 一人で練習する、これは必要な事だし大事なこと。しかし、楽器の基礎的な訓練でさえ、「自分はこう弾く」と言う具体的なイメージを持たなければ、決して音楽には結びつかない。まして、合奏を目指すならば、仲間と音楽について語り合う事は、一緒に練習する事と同じくらい大事なことなのだと言う事なのですね。041.gif
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# by bassbassbassyy | 2009-08-17 10:48