音泉室内合奏団の食卓

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2009年 10月 28日

ブラームスはお好きですか?(16)

 クラシック音楽の曲には指揮者がいないと駄目な曲と指揮者がいない方が良いかも知れない曲とがあります。こんな分類は誰もやっていないけれど。でも、現代では殆どの楽団や劇場オーケストラは音楽監督のポストに指揮者を雇い、彼のプロデュースで演奏会を計画します。なので、どの曲に指揮者が必要か必要でないかを判断してるのは多くの場合、指揮者自身です。ウィーンフィルのようなオーケストラは例外でしょう。彼らは、自分たちのプログラムと指揮者を自分たちで決めていると言っています。いずれにせよ、こう言う分類は実は当たり前に行われているわけです。ただ、普通に考えて、小編成の室内楽には指揮者はいらないと判断されているし、オーケストラには指揮者が必要と判断されている、ということです。なので、この、普通、をとって考えて見ましょう。分類する人によって結果が随分と異なるのではないかと思いますが、私は以下のように考えます。
私の場合、交通整理の問題は避けられないものの、音楽の質を1番の基準に考えます。

楽曲が何であるかは敢えて問いません。027.gif

 例えば、モーツアルト。これは断然指揮者がいない方が良い曲が多いと思います。指揮者がいることを前提として書いている曲も少ないし。交通整理の問題がなければオペラでさえ指揮は必要ないでしょう。ジュピター等は強い意思を感じますが、文学的な意味で協約的ではありませんので、指揮者によって意思が統一される方向へ向かうと変な曲に聴こえます。
 ベートーヴェンは、多くの曲で、本当を言うと出来ればいた方が良い。音の意思と言うものを具現化し、方向性を定めるには指揮者がいた方が合理的です。そして、ベートーヴェンの楽曲はそう言う曲が多い。ピアノソナタ21番「ワルトシュタイン」なんて「?」な演奏を聴くと、「上手いんだから指揮者がいれば良い演奏になるのに」、とよく思います。ピアノソナタの演奏に指揮者がいたら変だけれど、音楽自体にはそれだけの内容がある。構造自体は後期ロマン派の楽曲群に比べたら簡単ですけど、精神性との統一は実に難しく出来ているように思います。
 シューマンは絶対指揮者が必用ですね。交通整理はもとより、バランサーとしての役割も重要です。アンサンブル自体は出来なかないようにも思いますが。
 ちょっと、「例えば」が長くなってしまいましたが、つまりはアンサンブルの問題はハードルとしてはわざと低く見積もっています。だって、我々だって充分とは言えないけれどドボルザークのチェロコンチェルトをやってしまったのですからね。本当は音楽の熟練者が集まれば出来ないはずはないのです。でも、やらない。楽曲における音楽の性格に統一性を持たせて物事を効果的に主張する方が演奏するほうも、聴く方も合理的なんです。指揮者は音楽をとても素晴らしいものにしてきました。でも、これが音楽の本質の一部を歪ませてしまっている面もあるわけです。人は、なんに付け慣れてしまうからねぇ。特に、ベートーヴェン以降のロマン派といわれる音楽は音楽に文学的表現を求めますからね。意思を束ね、方向性を定め、その方向性を殊更に一方向へ向ける必用のある曲、方向性が一定ではない曲、が出来てしまう。こういう曲には指揮者が必用になるのですね。先のワルトシュタインは一人の人が弾くにはテクニカル的なものと音楽の意思の関連がとても難解なので、よっぽど強い意志を持って思い切った形での選択が出来ないと支離滅裂な演奏になってしまう。こういう事を整理できる人が必要なんです。ピアノは弾いているのは一人なのにね。ピアニストって大変ですよね。かよさんは凄いなぁ。003.gif

 さて、「ブラームスはどうなのよ?」と言うことですね。問題は。034.gif

 ブラームスは、上に書いたような意味では、指揮者がいない方が良い曲が多いと、私は思います。交響曲は全て指揮者がいない方が本来的なブラームスが出来るはずだと思うのです。1番はちょっと違いますが。こんなこと言うとS師には怒られそうだけれど。
 理由は、これまで書いたものを読み返して頂ければわかると思います。再三言うようにブラームスは音楽を音楽で語った訳ですから、演奏者がきちんと音楽を語れれば指揮者はいらないのです。取りまとめて、方向性を定めるべき意思はブラームスの音楽では音楽そのものだからです。
 でもね、演奏家が音楽を語らなくなってしまってはどうしたって指揮者は必用になるし、本当の本当に演奏家から音楽が消えてしまうと、ブラームスはもう音楽として聴けなくなってしまうのですね。郷愁に満ちたメランコリックな響きだけになってしまう。これは悲しいことです。007.gif

 私たち音泉は演奏家としては未熟な者の集まりです。充分に音楽を語れるとは思えません。(そうではない方々もおられますが。)
「だったら、指揮者が必用じゃないか!」と仰る方がおられると思いますが、その通りです。新潟では指揮者が棒を振って下さいます。
だから東京と新潟では大きな差が生じるはずです。
この差は私たちの未熟さの分になるはずです。
これを実感したい。実感して頂きたい。
 S師が新潟でも吹きたいと仰せになった時は「はちゃ〜」と思いましただよ。その後、不幸な偶然の連なりから幸運に転じて、やはり棒を取って頂くことになって、どんなにホッとしたことか。042.gif
 逆に言うと、東京公演で私たちが、どれだけ演奏家としての自覚の元に演奏出来るか、と言うことの達成度が高ければ高い程、この差は埋められるはずです。
 でも、本来、音泉が大きな楽曲を演奏するときでも指揮者をお願いしなかったのは、単に経済上の理由(要するにギャラですね)だけではなく、アマチュアであっても演奏者たる位置を自分たちなりに確認すべし、との意思があったためです。最初に交響曲を演奏したのは、第3回演奏会松本公演のモーツアルトでした。普通なら弦楽合奏で指揮者を必要とするブリテンのシンプル・シンフォニーを5人で演奏したのは第2回演奏会東京公演です。交響曲は第20回以来だと思われている方も居られるかも知れませんが、ずっと前から、実はやっているのです。演奏者が、皆同じ立場でコンサートを行う。ワルツ、ポルカだって、本当は監督をなるべく立たせないで演奏したい。まあ、これは伝統的な「弾き振り」に則っているので、そんなには拘りませんが。
 音泉はもともと、演奏者が本来的に音楽をしよう、それで演奏者としての本来の立場を取り戻そう、とする意思を含む団体なのです。これは私と監督が霊泉寺温泉のお湯に浸かりながら話し合ったことです。のぼせてなければ間違いありません。
 しかし、音泉の現状を端的に言うならば、「音楽監督頼り」です。発音から弓の使い方から、音程から、楽譜の読み方から、山菜の採り方まで(これは良いのか)、何から何まで、音楽監督の指導を頼っています。これでは、ブラームスはメランコリックな響きだけになってしまう。監督が教えてくれるのを待っていては駄目です。手取り足取りご指導を願っていては良い演奏は出来ません。自分で探求し、出来るならば自分で決める。その末に、これでどうだ、と、音楽監督に自分の音楽を託す。煮るなり焼くなり好きにしやがれべらんめい、と言うところまで自分で持っていく。この努力に勤しむ姿勢が音泉らしいブラームスに繋がると思います。017.gif
 まあ、なかなか持ってけないんですけどね。頼り癖というのはなかなか抜けない。けれど、そう言う努力をする。そういう姿勢でいることが大事。かつ、その上で、全体の調性者であり裁定者である監督の指示にはまずは従う。従った上で納得いかないときは、納得いかないと問えばよい。監督だって間違えることはあるでしょう。(キノコ採りのときは間違えないで欲しい。)人に頼っておいて完全無欠を求めてはいけません。

 音泉は、音楽する自分とは何か、というトートロジーです。単純な自分探しとは違います。これは、同時に音楽とは何か、人生とは何か、という2つの哲学に繋がります(力んで考える必要はないんですけれど)。この解を求めるために管楽器と弦楽器によるアンサンブルを10年続けている。指揮者に頼っていてはこの解は見つかりませんが、音楽監督に頼っていても同じことです。私自身も、そもそも依存的ではありましたが、ここ数年、特に依存的になってきたような気がします。色々なことが原因として言えるとは思いますが、自分自身以外の何かのせいにしたってあまり意味はありません。やってくれること、そうなっていること、そうなること、というのは流れに甘えているだけですね。流れは誰かが作っているのです。例え流れに翻弄されても、僅かな力でも、流れは自分でも作らなきゃいけない。人に認めてもらうとか、知ってもらうとか、大事ですけれど、そうじゃなくても良いから、自分なりに流れを作っていると、言えるとよいですね。何にせよ、自分の立地点は自分で決めねばなりません。そういう立場を物言わず貫いている方もちゃんとおられます。
この解の探求の上にブラームスは存在しています。ついでに言うとバーゼルも。014.gif

 さて、今年の音泉のテーマは「愛」です(久々に登場)。
最後まで言わないつもりだったけれど、種明かししちゃうと、ブラームスは愛されたかった人なんです。ブラームス・ブログの最初の方で、何となく、否定的に示唆してはあるんですけどね。まあ、だから、音泉のテーマも愛なんです(←偶然を必然のように装う例)。
 ブラームスは多くの人と同じように、お金も、地位も、名誉も必要としましたが、もっと身近で、暖かく、親しみのあるものとして、「愛」を欲していました。愛されるためには愛さねばならないことも知っていましたので、そのように努めました。自ら出向き、働き、語り、笑い、慰めました。おかげで現実的な生活の面においては様々な愛に支えられて孤独なわりに幸福だったと思います。しかし、音楽における「愛」には充分に満たされることがなかったように思います。自らは提示することしか出来ませんからね。残っている書簡にも書かれていないようなので、想像に過ぎませんが、ブラームスの必要としていた理解を示せたのはクララだけだったのではないかと思います。それは今日も同じ状況にある、と思います。今日、ブラームスを理解し、楽曲をこよなく愛している演奏は皆無に近い。思い入れのある演奏はもちろんありますけれど、思い入れと愛とは違います。または、分析し構築する。CD訊いても、解説読んでも、評論読んでも、何となく「?」がついて回る。過去から現在までの偉大な指揮者や演奏家等の実績を前にして、私がこんなことを言うのはとてもとても僭越なことですけど、そう感じてしまう。
 ブラームスの音楽は、愛されたがっている。ならば、ブラームスの音楽を愛してやまない音泉の演奏、と言うもはやれないものだろうか?それが、音楽を愛し、自分を愛し、他者を愛することに繋がるということです。でも、ドルチェじゃないですよ。私たちは自分の「愛」をもっと厳しく鍛えねばなりませんからね。016.gif

 なんか説教みたいな話も混じってしまいましたが、これは私が自分に言い聞かせていることであります。私の言葉に引っかかりを感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、勘弁してくださいね。
 私には楽器を自由に扱う技術が充分にはありません。もちろん練習はしますが、足らないことは音楽をやる上で、何を持ってしても補うことの出来ぬことです。なので、せめて、音楽をする心には必要充分な研鑽を積みたいと思っています。それが少し言葉になってしまった、と、言ったところですかね。
 それから、これまで書いてきたことは私の考えです。なるべくきちんとした根拠のあることを書いてきましたが、とりとめのない憶測も時には含まれています。どの部分は根拠があって、どの部分が適当なのかは想像してみて下さい。矛盾している箇所も幾つもあります。両極を含有する大意というものも想像してみて下さい。何度も書いていますが、みんながこれから演奏する曲についてみんなが考えて持ち寄り、曲に託しながら、納得いくように練習して演奏に活かすことが重要なのだと思います。
ブラームスのお話はこれで終わりです。
頑張りましょう。041.gif
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by bassbassbassyy | 2009-10-28 00:36 | 音楽
2009年 10月 14日

ブラームスはお好きですか?(14)

 失業中も中々忙しくて、更新が疎かになってしまいました。009.gif
 忙しい2週間でありました。酒飲んだり、演奏会出たり(普段と変わらんか)。実は、原稿自体は出来ているんですけど、こうして、前置きと言うか、つなぎを書かなくてはならなかったりして、掲載するのも結構大変なんです。
まあ、愚痴はこれぐらいにして。
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 で、ブラームスですが、そろそろ本番も近づいて来たので、終わりにしないといけませんな。どうしようか?013.gif
 ともかく、今回は音程、バランス、テンポについて考えて見たいと思います。
 はっきり言って、私がベース弾きだから言うのですが、ブラームスはベースです。
コントラバスが一番良い。何しろ難しい(早い)パッセージがない。私でもほぼ、弾けます。1番はちょっと難しい(早いところが結構ある)。2番は少し難しい(早いところがまだある)。3番はとても素晴らしい(早く弾くところがない)。4番は素晴らしい(早く弾くところが少ししかない)。それでいて効果的、且つ格好良い。なので、みなさん、ご自分が演奏される際には、必ずコントラバスを聴きながら演奏して下さい。
何何、音程が悪い!?
大丈夫、解放弦はしっかりチューニングメーターで合わせておきます。
何何、走る!?
大丈夫、しかり付いて来てくれれば、音楽を引っ張っている様に聴こえます。
何何、間違ってる!?
大丈夫、かな?まあ、ベースってのは間違えるもんです。
何何、休んでる!?
そりゃ、休みますよ。後ろの先生だって、1から3楽章まで休んでいるんだから、我々だって休みます。
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 まあ、バカはこれくらいにして、ブラームスの交響曲を演奏する場合に大事なのは低音。これはピアノで弾いた場合の左手の動き(特に小指と親指)のことです。パッセージの展開する最初の音を補強した小指か親指で弾くのがブラームスらしい音の作り方の基本でございますな。単純な例ではハンガリーの5番のテーマの伴奏の左手。1拍目強拍は親指でしっかりと弾きますよね。鍵盤をしっかり奥まで叩きつつ圧す。何と、ブラームスさんはこの単純明快な基本が大好きです。交響曲の場合でもピアノ演奏に置き換えた場合、左手の動きとして基本を捉えると和声の動きはほぼ予想出来ます。その響きの中で自分がどんな役割を演じているのか考えれば、比較的簡単(簡単ではないけど)にツボが見出せるでしょう。これは高音だけで彩られている部分にも有効です。
和声はリズムに比べると、明確な進行を示していますし、音は取りやすく出来ています。それだけに外すと痛いのですが、これは練習すれば外さない確率は上がりますから、済む話しですね。確実に音を取ること、和声上の役割を考える上では、ピアノ的に左手を意識すること。これでブラームスサウンドは我々のものです。なんちゃって。
このことばかりに執心していると大きな間違いに遭遇することになりますが、まあ、取り敢えず、最低限、ベースが弾いているところではベースの音を聴くこと。ベースが聴こえなくなってしまったら、それは音の出し過ぎか、別のことに気を取られ過ぎているかです。気にかけるべきは、もちろんその時々の主旋律ですが、ベースが主旋律を意識している限り、ベースを越えなければ大丈夫なわけです。それで駄目になっちゃったら、ベースのせいにすれば良い。これで、音程と音量はほぼばっちり。
でも、本当にこれをすると、ブラームスって、実は静かな音楽だってことが解ります。
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 では、テンポ。
 4番で大事なのは推進性です。先に行く力。でも単純な馬力の問題ではない。むしろ、トルクの問題。直進性ではなく回転運動における軸に関わる力と作用点までの距離の問題。また、回転軸を持つ系の問題。でかおさんの領域ですね。私の説明で良くわからない場合はでかおさんに訊いて下さい。潜在的な一定の力が常に軸に働いていて、軸からの距離が運動量を決定するんだけれど、回転軸を持つ系の、例えばマテリアルの問題みたいなのも意識してみたりして、みたいな感じです。テンポっていうのは各楽章で異なるから、トルクも異なると考えて良いのですが、何れにしても相当な力がある。どんな抗力が働いても仕事量は変わらない。強力なトルクがかかっている、と言う感じの推進性です。例えば、小節線。これを越える時には常に何らかの抗力が発生している。ゆっくりしている旋律上では、しかし、淡々と歩みは変わらず進んで行きます。でも激しいところでは抗力が大きい。と、進むことが出来ない。でも、軸にかかる抗力が増強しても一定のトルクが強大に働いているので、歩みを止めることがない。抗力は打ち破られて、トルクは不変なのであります。この場合、軸を持つ系のマテリアルな問題はどうしても生じてしまう。折れてしまうようなものではないんだけれど、固いゴムと鉄とを比べると多分、鉄の方が軸の回転速度に近い時間で抗力を打ち破る。ゴムだと打ち破るまでに時間がかかる。撓るからね。CDで聴ける幾つかの良い演奏の中での、演奏の質の違いは、このマテリアルな問題なのかな。中心軸からの距離は音の大きさや激しさ。だから、この推進性がきちんと表現出来る限りにおいては、アゴーギグの範疇も自然と広がる。この推進性がもっとも表現しやすいのは、予め許容されているアゴーギグの範疇が最も狭い場合、と言うことになりますな。でも、実際のブラームスの指示はそんなに多くないし、複雑でもないのだから、ある程度のアゴーギグは期待されていると考えるべきでしょうね。推進性の意味を考えずにアゴーギグを付けると、直ぐに不自然さが前面に出てしまう。飾り的アゴーギグ。これはブラームスの音楽を駄目にしてしまう。最近はプロの演奏でもこういうのが多いですね。残念。
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 多分、トルク等と言わずに直進力で説明した方がわかりやすいんだろうけれど、直進力だと説明しにくいなぁ。
 自動車で考えましょう。
 タイヤが回っていて前進すると言うこと。ブラームスの場合の前進性は、タイヤを回す力だろう、ということです。
 常に前進しようとする力が働いています。障害や躊躇はあるけれど少しも歩みは止まらない。こんなとき、淡々と進むよりも、障害や躊躇がある方が、歩みの止まらぬ様子がよく分かる。でも、止まってしまう、後ろを向いてしまう瞬間が出来てしまうと明らかな推進生というのは感じられなくなってしまう。淀んでも、強い抵抗に合っていようとも、断固としてタイヤを回し続ける決意が全編を貫いてこその推進性というもの。それが4番にはなくてはならない。嘆息のような旋律でも、時間が止まってしまったかのような古風な教会旋法でも、常に前進している。その歩みは絶対的な力に支配されていて潜在的に物凄い力を秘めている。そんな推進性が求められている、ということですね。
これを表現するためには、きちんと拍節を理解していること、一つ一つの障害、小節線や旋律の終わりや始まり、フェルマータ等をしっかり認識して対処すること。つまり簡単に超えないこと、が大事だと思います。若干凸凹した方が推進性は表現できる、と言うことですね。だから、事前に楽譜に印を付けて、そこに来たら周りを伺い合いましょう。その所々できっと何かが起きています。これだけでもブラームスらしさが出るでしょう。
却って解らなくなっちゃったかな。テンポの問題は演奏者総体の覚悟(精神の力)の問題ですからね。
みんながそう思ってやらなくちゃ駄目なんだと思います。034.gif
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by bassbassbassyy | 2009-10-14 00:44 | 音楽
2009年 09月 21日

ブラームスはお好きですか?(10)

 ブラームスの人と歴史についてかなり長々と考えてきましたが、これが交響曲にどう影響しているのか、これを考えることで、演奏上なにが変わってくるのか、そこらへんに話しを持ってかないと、脱線したまま終わっちゃいそうなので、そろそろ音楽に話しを戻します。でも、”見えてくる”のはまだちょっと先になります。037.gif

 ロマン派の多くの作曲家は自らの理念を現世との関係を持ちながらも一歩か二歩、場合によってはブルックナーのようにまるで関係ないと思われるところまで進ませて、音楽に託す傾向があります。過去であれ未来であれ、もしくは宇宙であれ、現世と連なりながらも現世とは異なる理想(反理想)世界を音楽に託すわけです。こう書くと分かりにくいのですが、要するに、現実の出来事をヒントに物語の世界を作り上げてそれを音楽にするわけです。
 例えば、国民学派のスメタナについて考えても、「我が祖国」のボヘミアは民族自立に燃え立つ当時の現状のボヘミアではなく、ボヘミアの自然とその自然の中で生活する人々を描いています。その描写は社会的な性格のものではなく、ボヘミアの自然と人との不変的な関係性にある一種の理想郷です。そうした理想郷的「我が祖国」だからこそ第2の「国歌」たるを得るわけです。
 悲劇的な意味合いでは、例えばマーラーなんかも同じことです。常に自分探しをしなければならず、立地点としたいはずのユダヤの血は社会的差別に会い、そこに安住することが出来ない。この現実に対する心の葛藤をイメージしたものが曲に宿る。メンデルスゾーンやシューマン、良く知られているロマン派の音楽家は誰もがそうした傾向を持っています。
 しかし、ブラームスは交響曲に音楽を託しているので、現世とも、理念とも、そもそもの隔たりがあります。何度も言うようですが、そこには意識的には現れ得ない、人生観や生活観が滲み出るのみです。そこでブラームスが作曲した交響曲に対して大切にしなければならないのは、音楽の背景となる理念や物語性ではなく、メロディーや構築性、そして、そこに生み出される音「そのもの」だろう、と言うことです。それを素直に探求することでまた、滲み出ている人生観や生活観が表現されると考えられるわけです。
 でも、こういうことも言えると思います。物語性が欠けているのなら、音楽としての構築性は何のためにあるのか?と。
 以前から述べているとおり、音楽の構築性は、空間と時間の両方を人の心に創造し、そので何かしらが行われる様を提供する場であります。時空世界と物語がなくて、何のための構築性か?
まずは、このことを知るために、あらためて形式について考えて見ます。

 ベートーヴェンが荘厳で緻密なしっかりとした建物みたいなソナタ形式を用いたのは、そこに庭や村や森の背景をくっつけて一つの城下町を作るためです。城下町には色々な人が住み生き生きと活動しています。領主もまた、悪い領主であれ、良い領主であれ、城下の人々とまみえながら生活しています。そこに物語が生まれた。狭苦しい制約ばかりの生活を強いられているのは、この城下では領主領民共々で、圧力は「外圧」です。共に手をとり、勝ち得た自由を喜びを持って掲げました。この曲が「運命」なわけです。別に領主、領民でなくても構いません。城を寺や、役所や会社に例えたって何ら問題はありません。ともかく、人が社会的に生活するくらいの広がりのある空間です。ソナタ形式は人の心に時間的経過を含む広大な空間を作ることが出来ます。それ自体が物語的要素を持っていますが、交響曲では、そこにロンドやスケルツォ等の別の形式をくっつけて、物語を、より広く、深いものに仕上げているのです。
 ベートーヴェンはロマン派の作曲家ではありませんが、ロマン派の作曲家に必要な空間作りの技法は殆ど全て彼の技法に拠ります。後の作曲家はそれを応用することになりました。ソナタ形式を用いることで人の心に音楽のための空間が出来ることを、いわば「発見」し、その作り方を整えたのがベートーヴェンであったわけです。
 ソナタ形式の最も重要な効果は音楽の存在感を醸し出すことです。ソナタ形式は文章で言えば「起承転結」。これはその他の形式にも言える事ですが、ソナタ形式の存在感は格別です。例えば循環形式は一つのまたは複数の旋律がその他のものの間に繰り返し垣間見られることで、音楽を印象付けますが、主題となる旋律や流れそのものは印象的ですが、全体としての存在感には欠けるものがあります。有名なところではサンサーンスのオルガン付きがありますが、どうでしょう?存在感がありますでしょうか?印象的ではありますが。
 ロンド形式はどうでしょう。これも、比較的単純な構造で基本的には二つの旋律が一つの別の旋律を挟んで繰り返されます。速いテンポの躍動的な旋律が繰り返されることで爆発的な高揚感があります。ベートーヴェンの第7交響曲の4楽章はまさに興奮しますね。でも、存在感は今一つではないでしょうか。循環形式もロンド形式も、この応用がジャズです。ブルースは一定のコード進行によって支えられている一つのテーマを何十回も繰り返すことで演奏されています。ブルースの曲は何千とあるのに、コード進行の型は一つです。たった12小節の繰り返しが、世界中で多くの人々を魅了しているのです。こうした、比較的な単純な作りの音楽は、もとはどこの民俗音楽でも行われていることで、人の心は「繰り返し」によって何らかの高揚感を生む、ということが利用されているわけです。クラシックではシャコンヌやパッサカリアも同じですね。

 ソナタ形式は序奏の後、異なる二つの旋律が提示され、それらが変奏され、再現され、終結します。特に大事なのは提示された旋律が変奏される際に大きな変化を感じる調性に移行することと、再現される際には二つの旋律(主に第2主題が)が調性も(第1主題に)より近い関係に置き換えられ、この二つが融和することです。当然第1主題は変奏されながらも何度も繰り返されるので非常に印象的になりますが、第2主題もまた印象的であり、再現されたときには第1主題に寄り添ってこれを支えて奥行きを醸し出します。限られた時間の中で旋律が繰り返され変奏し、融和することで空間的な広がりと時間的経緯を印象付けるわけです。さらに、終結部において、主調は守りながら(守られないこともたまにあります)比較的自由に第1主題や第2主題、他の旋律を様々な形で綾なす様に繰り広げ終結させることで、だめ押しする(ベートーヴェンはここが得意)。他の形式に比べ圧倒的に存在感があるのは空間的な広がりと時間的経緯が印象づけられるからです。また、再現部で「融和」すると言う事柄はドイツ観念論的な思考方法に近いものがあります。対立する概念(第1主題と第2主題)が様々に精査(変奏)された後に止揚(アウフヘーベン)する。ソナタ形式はドイツ人の思考法、19世紀の世界を代表する考え方の一つと同じような方法で現せられているわけです。ドイツ人にとっては音楽と言葉を同じ方法で考えることが出来たわけです。
 得意になっちゃいますよね。音楽は自分たちのものだと思うでしょう。
 ベートーヴェン自身、ソナタ形式の基本的なお約束事については少しづつ、ちょっと変えちゃえ、と変形させています。ブラームスの頃には色々な変形が行われて、逆にソナタ形式の効果が薄れてしまうものも沢山作られていました。今日、良く聴かれる曲はその後の淘汰に勝った音楽と言えますね。

ちょと、長くなったので、回を分けます。
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by bassbassbassyy | 2009-09-21 02:00 | 音楽
2009年 09月 18日

ブラームスはお好きですか?(9)

世界史の時間は些か退屈だったかも知れませんね。
ともあれ、今度は、そんな社会背景を有したブラームスについて、どんな人だったのか、ちょっと考えて見ます。014.gif

 ブラームスは特別に音楽の発展を考えている人ではなかったことは、「古典的」「保守的」と言った言葉でよく紹介されている通りです。しかし、変わったことを拒絶したり、新しいことを意味なく嫌ったりすることはなかったようです。同時代のブルックナーとの争いは、その殆どがメディア上で作られた物であったし、今日よく理解されている、ワーグナー派の代表としてのブルックナーと争ったと言う構図は事実ではありません。「指輪」のことは公然と茶化したり、嫌ったりしていましたが、ブラームス本人が、ほぼ死ぬまで大切にしていた「マイスタジンガー」の実筆総譜は面白いやり取りの末、ワーグナーから直接貰ったものでした。ワーグナーを尊敬しているとも言っています。ただし、自分の作るものにおいては、古典的なものを手本として、さらに人に教えるときは自分のものではなく、古典から引用して音楽の基礎として定着したものを教えていたようです。
 こうした、「昔からのもの」を大切にする気風は日常にも反映されており、それはブラームスにとって「古きよきドイツ的なもの」となって生活の折々に繁栄されています。「古きよきドイツ」とは自らがプロテスタントであったことにも関係しますが、「ヨーロッパの田舎」としてのドイツ人気質がその本質だと思われます。
 これは今日我々が抱いている現国家ドイツのドイツ人のイメージとはかけ離れていると思います。しかし現在でもドイツ人の本質はそこにあると考えている人は大勢いるようです。ドイツで生活したことのあるわたりさんに伺うと分かると思いますが、田舎人ドイツ人のイメージには質素で、朴訥で、まじめで、内向的で、シャイでありながら、明るく、社交的で、親切で、親しみやすく、家庭を大切にし、大地を愛する、というものがあります。
 ドイツにおける産業革命の後、プロイセン帝国やウィーンで流行った「ビーダーマイヤー」とはそうした古くからのドイツ人気質を現すものでした。国政や外交に関心がなく、華美な装飾を嫌い、やさしい気遣いを大切にし、ウソをつかないことが美徳でした。これが生活様式や美術に反映されたのが「ビーダーマイヤー様式」です。
 そもそも、小国の集まりであったドイツでは、領主と領民の間でも人としては対等で、両者間の契約(民を守り、税を払う)では経済的な事柄も大切でしたが、「信義」を重んじたと言う点で他の先進ヨーロッパ諸国諸領とは異なった側面を有していました。プロテスタンティズムがそうした気質を養ったという人もいます。また、「信義」は古代ローマからの伝統でもあります。ブラームスはそうした古き良きドイツとドイツ人気質を愛し、自らも実践していたように思います。逆に、華美なもの、表面的なもの、経済的のみのものは嫌っていました。これはマスコミを嫌い、社交界を嫌い、権謀術数に満ちた音楽の業界を嫌い、「気難しい」「不機嫌」と言われる基となったようです。
 また、親しみが過ぎて、軽口を叩いたり、品位に欠けるジョークを口にしては顰蹙を買っていたのも事実です。それが元で、親友と言われる人々、例えばクララでさえ辟易し、関係がこじれることもしばしばだったとか。まあ、今日的に言えば、所謂「オヤヂ」だったのでしょう。
 
 そうしたブラームスは特別発展的な音楽を志向したのでもなければ、当然社会的な音楽を志向したとも言えませんでした。社会問題に対する認識がどうであったのか、詳しい記述は見つけることが出来ませんでしたが、ビスマルクの熱烈な支持者であったのだから、関心がなかったわけではないでしょう。また、子供好きでしたから、貧困に喘ぐ子供を目にすれば、同情的だったに違いありません。しかし、可哀想、とは思っても、それが音楽にまつわる活動に繋がることはありませんでした。そうした子供たちには施しを与えるべきだと考えたのでしょう。売名と思われることを嫌っていたので、無名寄付を行ったり、行おうとした記録があります。また、労災婦人のための慈善演奏会に出演した記録はあります。
 
 ブラームスに限らず人の人生観は簡単には説明できませんが、ブラームスは複雑で動的な社会背景を有しながら、自分の音楽とそれらを結び付けようとはしませんでした。その、「しない」ことが彼の人生観の一つだと私は考えています。付き合いそのものは短時間でしたがブラームスの敬愛するシューマンは「複雑」で「動的」な社会を全て背負い込まなければならない作曲家でした。殆ど「業」といっても良い程のその性がシューマンの人生をあのようなものにしてしまったのではないかとも思えます。ブラームスはそれを近くで見ながら、そのようにはしない自分について、どれだけの信念があったかは分かりませんが、自分の人生の中で音楽を社会とは隔たったところに位置づけたわけです。しかし、そのことでブラームスは、計り知れない苦しみを感じていたのではないかと、私は思います。
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by bassbassbassyy | 2009-09-18 06:38 | 音楽
2009年 09月 15日

ブラームスはお好きですか?(8)

さて、世界史の時間です。027.gif
ブラームスが1885年に第4交響曲を書くまでに起きたヨーロッパの大事件のうち、ブラームスの周りの空気がどのようなものだったかを彩りそうなものを選んでまとめてみました。
あまり、興味のない方も時間があるようならば読んでみて下さい。あまり、ピンとは来ないかもしれないけれど、ヨーロッパの情勢がいかに複雑かは理解していただけると思います。030.gif


1842年ハンブルクの大火、ブラームスは9歳でしたが、この大火で自由都市ハンブルクは大打撃を受け経済崩壊の危機に瀕しています。翌1843年にブラームスは地元の音楽家マルクスゼンに師事しますが大変なインフレ状況で酒屋等のバイトをして家計を助けねばならなかったとのことです。

1848年2月革命、3月革命:パリで起きた農民と労働者の蜂起(2月革命)は翌月にはドイツ・オーストリア・イタリアにも伝播し各地で同様な革命(3月革命)が起きました。基本的には農労者の困窮に対する不満の爆発ではありますが、ヨーロッパ的な社会規範が一つ瓦解したと考えられる出来事です。特にメッテルニヒによるウィーン体制下の民族主義、民主主義の抑圧政策基盤はこのとき崩壊しました。革命自体は幾つかの局面の後に鎮圧されますが、音楽の都ウィーンでも多数の市民が弾圧の犠牲になっています。ちなみに、北イタリアのオーストリアからの独立運動を鎮圧したのがラデツキー将軍で、父シュトラウスが彼のための行進曲を書いたのもこの時です。

1852年フランス第2帝政:ルイ・ナポレオン=ボナパルトが第2共和制大統領の立場でクーデターを起こし、現政権制度を武力で解散した後、国民投票で皇帝となっりました。何で大統領なのにわざわざ、クーデターまで起こして皇帝になったのか、と思いますが、必然性はあるのです。おじさん(良く知ってるナポレオン)の失脚の関係で幼少時代をドイツ語圏で生活した彼は、2月革命の関係でフランス共和制大統領になったものの、政権内に友達がなく思う様に政治が出来なかったのですね。皇帝になった後、自分の思うように政治が行えるようになると、権威主義的傾向を強めるとともに、植民地政策でも帝国主義的となり、勢力拡大中の後進国ドイツとは何かと対立する様になります。

1862年ビスマルク、プロイセン首相に就任。実は我々の知っているドイツはこの頃はまだありません。この頃のドイツを説明するのはとても難しいし、正確には出来ないと思いますので、文献を読んで下さい。大雑把には、オーストリア帝国とプロイセン王国とドイツ連邦からなり、ブラームスのいたハンブルクはドイツ連邦の由緒ある自由都市(教皇から3回も認証されてます)でした。ブラームスにとっての「国」観ってのは、我々とは相当に異なると思います。
1864年統一ドイツ成立(大ドイツ主義:オーストリア主導)、ドイツ・デンマーク戦争、1866年ドイツ・オーストリア戦争、1867年北ドイツ連邦成立(小ドイツ主義:プロイセン主導)1870年ドイツ・フランス戦争
:戦争ばかりですね。
統一ドイツはドイツのことではありますが、オーストリアの思惑と南ドイツの諸勢力の思惑が重なって出来たドイツで、今日的なドイツよりかなり広いドイツが出来ました。これを許したビスマルクは政治に巧みだったのですね。時期に瓦解することを見越していたのです。66年の戦争でオーストリアの思惑を排した後、67年、今のドイツに近い統一ドイツを成し、1871年初代ドイツ帝国宰相に就任します。
フランス戦争では先のナポレオン3世が失脚し、その後の数ヶ月間、パリコミューン(労働者革命による社会主義国家)が実現します。それも、後に元の帝政政府に挽回されて、コミューンにかかわった市民の大量の処刑者を出します。
1878年社会主義社鎮圧法:社会主義思想はイギリスから発生して広くヨーロッパに行き渡っていたことは48年革命やパリコミューンをみてわかると思いますが、これは産業革命以降、資本主義経済の発展の陰で多くの貧困者と労働問題を社会が抱えていたからです。40年代にはマルクスが社会主義の理論強化を行い、やがて唯物史観論による革命の必然を説く様になります。前々から現体制から社会主義者への弾圧は行われていましたが、この法律はそれを制度化したわけです。同時に、災害保険、健康保険、老齢年金等の社会保障制度をビスマルクは実施してゆきます。「飴と鞭」と言われる政策です。街には貧困者があふれ、工場では婦人が、炭坑では子供が働いていました。事故も多く、大勢の労働者(主に子供)が日々死んでいたとのことです。

1881年オーストリア、ロシアと三帝協商、1882年オーストリア、イタリアと三国同盟。こうした同盟によりイギリス、フランスの大国を牽制しながら、条約当事国もまた緊張状態に起き下手に動くと火がつく仕組みを作ることでビスマルクはドイツの勢力拡大と一定の平和を手に入れました。

物凄い時代です。今の私たちの時代では、自民党から、民主党に変わっても日常的にはどうと言うことはありませんが、ブラームスの時代は、政治にかかわることは生きるか死ぬかの問題を必然的に孕んでいました。政治の影響力は強く、
この間、ブラームスはハンブルクからウィーンへ移り住んでいますし、オランダ、デンマーク、イタリアやスイスへ旅行もしています。友人も国籍は様々。国家観と言うものは相当に複雑になると思いますが、ブラームスは愛国者でした。71年にはヴィルヘルム1世に勝利の歌を献呈しています。同じ年にウィーンに移り住んでいる感覚も良くわからない。ともかく、ブラームスの生きた時代には、こんなことがありました。4番交響曲を書くまでの間に限りましたが、なかなか大変なもんだと思いますよ。
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by bassbassbassyy | 2009-09-15 13:00 | 音楽
2009年 09月 02日

ブラームスはお好きですか?(6)

さて、先にSNS上ででかおさんにご紹介頂いた、ブラームスのエピソード。「ブラームス回想録集①~③」(2008:音楽の友社)読みました。これはお勧めです。ブラームスを身近に感じたいなら6,000円出して買って損はないです。でかおさんのご紹介通り、気難しくて不機嫌で、人を寄せ付けないブラームスのイメージが一転します。これを読んで、私はブラームスの時代背景とその作品との間にある「そぐわないもの」の殆ど(全てではないですよ)が解消されました。003.gif

ブラームスは音楽で何を語っているのか?
これにも、大きく関係しますので、みなさんどうぞ読んでみて下さい。
さて、結論からいいます。

「ブラームスは音楽で、音楽を語っている、もしくは主張している。」

なんか、簡単過ぎる言い回しで真実みがないですね。不思議なことにこういうことは色々な評論家の先生方が仰る様に難しい言い回しをしないと、本当ではないような気になってしまう。

「ブラームスは音楽でのみ語れる事柄を表現している。」

こうすると、文章的に「?」があって、少しは本当っぽいかも。

ベートーヴェンは人間の栄光と人類の平和を音楽に託しました。ベルリオーズは人間の内なる不条理を交響曲にしました。多くの作曲家が、自分の思いや考えを音楽に託しました。ブラームスは自分の音楽そのものを音楽に託した、と思います。これは、「音楽のための音楽」と言ってしまえば同じであるはずのハイドンやモーツアルトの音楽の在り様とは異なります。ハイドンやモーツアルトの音楽は、実用音楽でした。決められた空間で、決められたお客に対して、最高の満足度を達成するのが目的です。もちろん、自分のためにも作曲しているわけですから、音楽の意味としてそれが全てではありませんが。ブラームスの場合はロマン派全盛の時代にあって、世間的に言われる思想信条、場合によっては実用性すら省みず、ただ音楽のために音楽を考えたのではないかと思うのです。どちらかと言うと、バッハの世俗音楽と言われている分類の曲に似ているかもしれません。
ただし、ブラームスの場合、ロマン派と言われる音楽を背景にこれを考えなければならないのでとてもややこしい。

例えば、先のベルリオーズですが、彼自身がアヘンを吸ってか、または、綿密に練ったか、は知りませんが、ともかく殺人の計画を立てた経験を、架空の男の見た夢の話として音楽にした、と言っています。多分、半分は本当でも、半分はウソです。ミニチュアスコアを買うと高名な学者先生の解説がついているので読んでみて下さい。私はスコアを何処かになくしてしまった。確かに夢らしい不条理な話ではありますが、一連の文脈があり具体性に富んでいます。あんな夢、見る人いますかねぇ。ロマン派文学の中ではありそうですけど、私の周りで見そうなのはひろささんくらいでしょうか。
着想の基となったのは夢でも、それを敷衍する別の話があって、それと分かるところは秘匿しながらストーリーを組み立てた、と言うのが本当のところだと思います。これは、当時のフランスロマン派文学の有り様と深い関係がありますな。
まあ、何にせよそうして曲を書いたわけですが、あの交響曲の全てがベルリオーズの考えたストーリーに合致しているわけではありません。そこにも必ず音楽のための音楽が入っていると思います。固定楽想の手法を採用しているのは音楽のための手段ですね。
誰でもそうですが、何か良いアイディアを思いつくとそれを実現したくてたまらなくなる。作曲家は何かを表すために音楽を考える時もあるでしょうが、具体的な目的もなく、ふと思いついてしまうアイディアもあるはずです。むしろ、そうしたものの方が多いかも知れません。こうしたアイディアは使わずにおれない。なんだかんだ理由をくっつけて曲にしてしまうこともあるでしょう。だから多くの作曲家が楽譜帳を持って歩いた。ふっと、湧いたアイディアを書き留めるためです。そして何年も暖める。そして機会が来たときに作品に織り込むのです。

こうしたアイディアは作曲家の生活そのものです。具体性はないかも知れないけれど作曲家が生きる中での様々がエッセンスのように凝縮してその中に入っています。もちろん思想信条が入ることもありますし、散歩の途中で見かけた乞食の女の子のことが入っているかも知れない。神への思いや、戦争や病気や、ともかく色々です。ですから、個々のディティールとその曲に託された思想信条とは、実は関係がないこともしばしばなのです。しかし、単にそれだけでは、何故そのアイディアをそこに持ってきたのかの理由が分かりません。そこにそれを持ってくるのもまた、作曲家の価値観であり、思想信条であり、センスなのです。なんか取り留めのないような話ですが、実は私たちも日常的に同じ事をやっています。人に何か抽象的なことを伝えなければならないとき、「例えばね、」で始まる文脈をよく用いますが、これは同じことです。基となる考えがきちんとしていして、「例」の選択にセンスがあれば、話の内容が相手に伝わるばかりでなく、自分の人となりまで相手につたわります。でも、「例えばね」で始まる話そのものは、そのとき相手に伝えるために蓄えていたわけではないのです。
そんな訳で、どんな曲であれ、その曲のもつ意味合いとは、実は関係のない音楽のための音楽が含まれているわけです。
ちょっと、話しが脇へ言ってしまいました。
ここらで、一区切りしておきましょう。
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by bassbassbassyy | 2009-09-02 01:02 | 音楽
2009年 08月 12日

ブラームスはお好きですか?(3)

前回、最初の8小節についてのみ、色々と書きましたが、こんな調子でずっと終わりまで続きます。意味と仕掛けだらけ。それでも1番よりは相当シンプルだと思います。でも、ブラームス自身はそのことを「複雑」とは考えていなかったようです。全体として大きな主張があり、それは起承転結をもって語られている。このことは他の作曲家とて同じで、特別なことではありませんね。あまりに普通です。普通過ぎる。
では、あんなにも沢山の仕掛けをして何を語っているのか?013.gif

まあ、この話題に入る前にブラームスの印象、またはブラームスの曲の印象について、
みなさんがどう感じているか伺ってみたくなりました
どの音符にも意味がある。仕掛けがある。そのことを知っている今、私自身は「感じ」よりも「考える」ことでブラームスを身近なものにしようとしています。
でも、そんな必要があるのか?聴いて感じたままに弾くことも大切なのではないか、とも思えます。
そんな訳で、今回は「感じた」ことを考えて見ました。027.gif

私の場合、ブラームスとの出会いは相当に不幸なものもありますが、同時に忘れ得ない思い出のものもあります。
最初は交響曲4番。この曲は作家のシュトルムとの出会いとほぼ同時期で、相乗効果的にロマンチックでした。まあ、思春期の頃でもありましたのでシュトゥルム・ウント・ドランクを地で行くような感じでしたね。色々ありましたなぁ(遠いい目)。048.gif
次は交響曲の2番。パート譜でした。オケでの体験は散々。でも曲の素晴らしさは感じました。
ほぼ同時に、ピアノ協奏曲2番とドイツ・レクイエムをラジオからエアチェック(古い)してます。この2曲も素晴らしいと感じました。これら4曲は大好きになり、聴きまくりましたね(レコードが白くなり、テープは伸びた)。
そして、暫くしてから交響曲の1番を聴きました。これはちょっとショックでした。
何も感じない。心に響くものがない。
ビックリしちゃった。本当に「なんだこれ?」。第9との関連も全然わからなかった(今でもわからない)。でも、4楽章の有名なアレグロ・ノン・トロッポの前、ホルンの美しい響きには感心しました。
その頃私のお気に入りには、マーラー、リヒャルト・シュトラウス、シベリウス、ショスタコビッチ、等があり、感動することについても、感心することについてもブラームスの1番は物足りなさを感じました。
それから長いブランクがあり次の出会いは6重奏の1番です。遊びで2番チェロを弾いたのですが、この時は弾けてはいませんでしたが、音楽に感動しました。同じ時にメンデルスゾーンの8重奏もやったのですが、こちらは何とも思いませんでしたね。
ちなみに、この時のことチェロ男さんは覚えておられますか?秋なのにスキー場のゲレンデの中程にあるペンションに集まりましたよね。何やってんだか。041.gif

こんな経緯の中で、私のブラームス観は幼稚な知識と相まってちょっと妙なことになっていました。主にはメランコリックでリリカル。反作用で、狭量な喜び。理想として、心の平和と情熱。ブラームス自身狭量で頑固で意固地で古い人間(相当酷い人ですね)だろうと想像していた時期もあります。今から思うとこれは何だったのかなぁ。015.gif

そこで、ちょっと、じっくり考えて見ました。
これはズバリ「恋」ですね。016.gif016.gif016.gif
「愛」だの「恋」だの、あまりオヤヂの言うことではありませんが、でも、まあ、若い頃の話しなので「恋」です。
いや、他にも「郷愁」とか「哀惜」とか、どちらかと言えば斜陽系の言葉が色々と似合うのですが、ここは一つ、言い切ってしまいましょう。
これは「恋」です。

ちょっとなよっちいの012.gif
でも、案外外れていないかも。「ブラームスはお好きですか?」はフランス人的には、ちょっと大人で複雑な「愛」の話しですが、私からすれば、あれは大人の「恋」の儚さでもある。日本語で「愛」という言葉の広さと深みは感じられない。むしろ「儚さ」に重きがあって、そこには齢と人生が関わっている。「恋」という出来事を軸に「恋」の儚さよりも人生の重みや、もっと広い「愛」の世界への憧憬がある(本当にイングリッド・バーグマンは奇麗だ)。ここに引っ掛かる何かがブラームスに、ブラームスの産んだ旋律に感じ取れるのではないだろうか?
映画「さよならをもう一度」では原題を変えていながら象徴的にブラームスの音楽を使うことで、それをデフォルメしているのではないかな?
サガンは「ブラームス」の名前を引き合いに出して「儚さ」を演出しているのではないかな?とか考えて見たりして。037.gif

みなさんの「ブラームスとの出会い」募集します。
これを読んだ方は短くても良いから投稿してね。034.gif
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by bassbassbassyy | 2009-08-12 01:33 | 音楽