音泉室内合奏団の食卓

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2009年 07月 18日

予習の意味

アナリーゼって、まあ、アナライズする訳なんだけれども、この間、監督と温泉に入っているときに面白い話しを聞きました。
少なくとも監督の学生時代は授業でアナリーゼはやらなかったとのこと。
本当!と、思わず叫ぶ程ビックリした。学校としてどう取り上げていたか良くわからないとのこと。
う〜む。021.gif

それから、改めてアナリーゼの意味を考えて見た。
その楽曲の背景にあるものを知ることは、演奏するに当たり、本当に役に立つのか?
特に、我々アマチュアにとってどれほどの意味をなすのか?013.gif

まあ、考えるまでもなく、色々と役に立つと思い当たることが沢山あるのであるが、しかし、色々と知ったからと言って、ここにある早くて弾けないパッセージが弾けるようになる訳ではない。音符はしっかり弾けるように練習しなければならないことは変わらない。
演奏に必要な情報は譜面に書いてある。
だから、譜面から最大限情報を引き出してそれを確実に音にすることを考えて方が、我々のような練習時間のすくないアマチュアには大切なのではないか、と、言うことも出来る。

でも、それで良いのか?
音を発しなければ音楽にはならないが、しかし、音を発していただけでは、今を生きる自分としてどうなのであろう?

音の羅列がある。音を出してみる。思うに、こんな抑揚があると美しいと感じる。そのようにしてみる。気持よかった。以上。001.gif
こうして、感覚に頼って演奏することも大事なときもある。
自分の感覚ってのは確かに大事なものなのだ。

しかし、自分の感覚に頼り切って果たして、みんなが良かったと思ってくれる演奏が出来るのだろうか?ここを考えなくてはならない。また、自分の感覚にしたって、その裏付けが欲しいはずだ。何故そうするのか?自分自身が納得出来ていなければ、思い切ってやれないではないか?

アナリーゼは、それをすれば必ず良い演奏が出来るというものではない。しかし、自信をもって演奏したいならば大切になるはずなのだ。逆に言うとアナリーゼのない演奏は思い切りが良くないか、独りよがりも是とする奔放さを宿した演奏になるのだ。

とは、言ったものの、アナリーゼの結果がいつも一つの結論を出すとは限らない。余計に迷いを生じさせることもあるだろう。それでも分析は必要なのだ。ここにある楽曲ときちんとお付き合いしたいのならば、何故そうなのか、をきちんと考えておかないと、なんか、失礼なような気がする。
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そんな訳で、そろそろブラームスについて語ろうではないか。
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by bassbassbassyy | 2009-07-18 02:20 | 音楽