音泉室内合奏団の食卓

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2009年 09月 18日

ブラームスはお好きですか?(9)

世界史の時間は些か退屈だったかも知れませんね。
ともあれ、今度は、そんな社会背景を有したブラームスについて、どんな人だったのか、ちょっと考えて見ます。014.gif

 ブラームスは特別に音楽の発展を考えている人ではなかったことは、「古典的」「保守的」と言った言葉でよく紹介されている通りです。しかし、変わったことを拒絶したり、新しいことを意味なく嫌ったりすることはなかったようです。同時代のブルックナーとの争いは、その殆どがメディア上で作られた物であったし、今日よく理解されている、ワーグナー派の代表としてのブルックナーと争ったと言う構図は事実ではありません。「指輪」のことは公然と茶化したり、嫌ったりしていましたが、ブラームス本人が、ほぼ死ぬまで大切にしていた「マイスタジンガー」の実筆総譜は面白いやり取りの末、ワーグナーから直接貰ったものでした。ワーグナーを尊敬しているとも言っています。ただし、自分の作るものにおいては、古典的なものを手本として、さらに人に教えるときは自分のものではなく、古典から引用して音楽の基礎として定着したものを教えていたようです。
 こうした、「昔からのもの」を大切にする気風は日常にも反映されており、それはブラームスにとって「古きよきドイツ的なもの」となって生活の折々に繁栄されています。「古きよきドイツ」とは自らがプロテスタントであったことにも関係しますが、「ヨーロッパの田舎」としてのドイツ人気質がその本質だと思われます。
 これは今日我々が抱いている現国家ドイツのドイツ人のイメージとはかけ離れていると思います。しかし現在でもドイツ人の本質はそこにあると考えている人は大勢いるようです。ドイツで生活したことのあるわたりさんに伺うと分かると思いますが、田舎人ドイツ人のイメージには質素で、朴訥で、まじめで、内向的で、シャイでありながら、明るく、社交的で、親切で、親しみやすく、家庭を大切にし、大地を愛する、というものがあります。
 ドイツにおける産業革命の後、プロイセン帝国やウィーンで流行った「ビーダーマイヤー」とはそうした古くからのドイツ人気質を現すものでした。国政や外交に関心がなく、華美な装飾を嫌い、やさしい気遣いを大切にし、ウソをつかないことが美徳でした。これが生活様式や美術に反映されたのが「ビーダーマイヤー様式」です。
 そもそも、小国の集まりであったドイツでは、領主と領民の間でも人としては対等で、両者間の契約(民を守り、税を払う)では経済的な事柄も大切でしたが、「信義」を重んじたと言う点で他の先進ヨーロッパ諸国諸領とは異なった側面を有していました。プロテスタンティズムがそうした気質を養ったという人もいます。また、「信義」は古代ローマからの伝統でもあります。ブラームスはそうした古き良きドイツとドイツ人気質を愛し、自らも実践していたように思います。逆に、華美なもの、表面的なもの、経済的のみのものは嫌っていました。これはマスコミを嫌い、社交界を嫌い、権謀術数に満ちた音楽の業界を嫌い、「気難しい」「不機嫌」と言われる基となったようです。
 また、親しみが過ぎて、軽口を叩いたり、品位に欠けるジョークを口にしては顰蹙を買っていたのも事実です。それが元で、親友と言われる人々、例えばクララでさえ辟易し、関係がこじれることもしばしばだったとか。まあ、今日的に言えば、所謂「オヤヂ」だったのでしょう。
 
 そうしたブラームスは特別発展的な音楽を志向したのでもなければ、当然社会的な音楽を志向したとも言えませんでした。社会問題に対する認識がどうであったのか、詳しい記述は見つけることが出来ませんでしたが、ビスマルクの熱烈な支持者であったのだから、関心がなかったわけではないでしょう。また、子供好きでしたから、貧困に喘ぐ子供を目にすれば、同情的だったに違いありません。しかし、可哀想、とは思っても、それが音楽にまつわる活動に繋がることはありませんでした。そうした子供たちには施しを与えるべきだと考えたのでしょう。売名と思われることを嫌っていたので、無名寄付を行ったり、行おうとした記録があります。また、労災婦人のための慈善演奏会に出演した記録はあります。
 
 ブラームスに限らず人の人生観は簡単には説明できませんが、ブラームスは複雑で動的な社会背景を有しながら、自分の音楽とそれらを結び付けようとはしませんでした。その、「しない」ことが彼の人生観の一つだと私は考えています。付き合いそのものは短時間でしたがブラームスの敬愛するシューマンは「複雑」で「動的」な社会を全て背負い込まなければならない作曲家でした。殆ど「業」といっても良い程のその性がシューマンの人生をあのようなものにしてしまったのではないかとも思えます。ブラームスはそれを近くで見ながら、そのようにはしない自分について、どれだけの信念があったかは分かりませんが、自分の人生の中で音楽を社会とは隔たったところに位置づけたわけです。しかし、そのことでブラームスは、計り知れない苦しみを感じていたのではないかと、私は思います。
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by bassbassbassyy | 2009-09-18 06:38 | 音楽
2009年 09月 09日

ブラームスはお好きですか?(7)

 ブラームスの場合は、音楽に託す思想信条等が同時代の他の作曲家と異なりました。特に交響曲については、各曲に対する音楽以外の固定観念を聴衆に持たせまいとする努力すら感じられます。ブラームスは散文的に思いついて貯めておいたアイディアを文学的な関係性を絶って一つの音楽とするために、交響曲の構成に対する特別なアイディアについても考えねばなりませんでした。または、文学的連関を断って思いついてしまった構成に関するアイディアを具現化しなければならなかった、ともいえます。その基になるのは、日常的なブラームスの思考規範であり行動規範であったと思います。

ブラームスの日常の生活態度は先に紹介した「回想録集」に詳しいですので、是非、読んでみて下さい。とても面白いです。しかし、彼の日常の別の側面。つまり、ブラームスを取り巻いていた社会状況はどんなものだったか。これを知っていないと、折角の書簡集も充分に読み取れないところが沢山になってしまいます。
今から見ると、それは「歴史」の領域の話しです。しかし、例えば私にとっての20年前、昭和天皇が崩御し、カラヤンが他界し、天安門事件が起き、チャウシェスク政権が崩壊し、本人が銃殺された年であると思い起こせる様に、ブラームスにとっての例えば第4交響曲を書いた20年前の1865年、「トリスタンとイゾルデ」やシューベルトの「未完成交響曲」が初演されたり、独逸・デンマーク戦争の処理が行われたり、リンカーンが暗殺されたりと言ったことは、充分記憶に残っていることに違いないのです。そして、ブラームスの頃のヨーロッパの社会状況はまさに「激動」の名に値する時代でした。

私たちは、音楽愛好家としてクラシック音楽と接していながら、その作品が生まれた時代的、社会的背景にあまり目を向けていません。バッハやハイドンを演奏する時にそれがとても重要なこととは確かに思いにくいですね。でも、ロマン派の音楽はそう言うわけにはいかないことが多いと思います。歴史的、社会的認識(どんな認識であるかは個人のものですが)を持っておかないと、この時代の後に起きた多大な幸福と災厄に対する責任を、実は、私たちも背負っていると言うことがわからないまま、つまり連綿とした時の流れの中で「繋がっている」という実感を充分に持てないまま楽曲に取り組むことになります。これは「空洞的」な音楽と言われるの最も基本的な立場となります。
とは言え、ここで十分な歴史の講義は、私の能力と時間と労力からして出来ませんので、ドイツ中心の歴史から大まかなことだけトピックと簡単な解説として後日記載しますね。ブラームスがいかに激動の時代に生きていたのかが分かると思います。
すると、6000円出して買った「ブラームス回想録」集もより面白くなりました。
ちょと、得した気分になりましたよ。
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by bassbassbassyy | 2009-09-09 03:03 | 音楽
2009年 08月 17日

ブラームスはお好きですか?(4)

投稿が!少ない。007.gif
まあ、そうだろうな、とは思ってますけど、少な過ぎる!021.gif

怒っても、しょうがないので(怒っちゃいないけど)、続きを書く前に、監督が投稿して下さった事柄について、ちと、解説というか、折角なので詳しく書きましょう。017.gif

前々から言ってますが、わたしたちは何かを考える時に言葉で考えています。今日の晩ご飯は何にしよう?トンカツが良いかな? とか、みんな言葉で考えています。音楽を考えるときも言葉で考えてる。

汐じゃなかった塩味を強くしようか、味噌味にしようか、と想像して料理するのと同じように、暗い感じで奏でようか、滑らかに吹こうか、この旋律には望郷の念が出ているはずだ、と具体的に言葉で考えて演奏をする。自分自身がタマネギや人参や牛肉になって、ただ良い素材であろうとしても駄目です。

ちゃんと、自分で料理して、その料理を持ち寄る事で宴会になる。その為には、ちゃんと音楽も考えて作っておかなければ駄目よ、と言う事ですね。

さらに、物事は何でもそうだけれど、頭の中で考えた事は言葉にして口に出す、出来れば文章にする、ことで補強される。他の人と語り合う事で補完される。
最終的には楽器で具体的にする訳だけれども、それ以前に自分の意志をはっきりさせる事はとても重要で、「こう弾くのだ」と言う意志もなく、ただ譜面に書いてある記号部分を表層的になぞっていても実は効果的な練習にはなっていない。「こう弾くぞ」と具体的なイメージをもって練習する事で楽器は「音」ではなく「音楽」を奏でることになる。

これをみんなで持ち寄るから、楽しい宴会が出来ると言う訳です。043.gif

 一人で練習する、これは必要な事だし大事なこと。しかし、楽器の基礎的な訓練でさえ、「自分はこう弾く」と言う具体的なイメージを持たなければ、決して音楽には結びつかない。まして、合奏を目指すならば、仲間と音楽について語り合う事は、一緒に練習する事と同じくらい大事なことなのだと言う事なのですね。041.gif
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by bassbassbassyy | 2009-08-17 10:48