音泉室内合奏団の食卓

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2009年 08月 17日

ブラームスはお好きですか?(4)

投稿が!少ない。007.gif
まあ、そうだろうな、とは思ってますけど、少な過ぎる!021.gif

怒っても、しょうがないので(怒っちゃいないけど)、続きを書く前に、監督が投稿して下さった事柄について、ちと、解説というか、折角なので詳しく書きましょう。017.gif

前々から言ってますが、わたしたちは何かを考える時に言葉で考えています。今日の晩ご飯は何にしよう?トンカツが良いかな? とか、みんな言葉で考えています。音楽を考えるときも言葉で考えてる。

汐じゃなかった塩味を強くしようか、味噌味にしようか、と想像して料理するのと同じように、暗い感じで奏でようか、滑らかに吹こうか、この旋律には望郷の念が出ているはずだ、と具体的に言葉で考えて演奏をする。自分自身がタマネギや人参や牛肉になって、ただ良い素材であろうとしても駄目です。

ちゃんと、自分で料理して、その料理を持ち寄る事で宴会になる。その為には、ちゃんと音楽も考えて作っておかなければ駄目よ、と言う事ですね。

さらに、物事は何でもそうだけれど、頭の中で考えた事は言葉にして口に出す、出来れば文章にする、ことで補強される。他の人と語り合う事で補完される。
最終的には楽器で具体的にする訳だけれども、それ以前に自分の意志をはっきりさせる事はとても重要で、「こう弾くのだ」と言う意志もなく、ただ譜面に書いてある記号部分を表層的になぞっていても実は効果的な練習にはなっていない。「こう弾くぞ」と具体的なイメージをもって練習する事で楽器は「音」ではなく「音楽」を奏でることになる。

これをみんなで持ち寄るから、楽しい宴会が出来ると言う訳です。043.gif

 一人で練習する、これは必要な事だし大事なこと。しかし、楽器の基礎的な訓練でさえ、「自分はこう弾く」と言う具体的なイメージを持たなければ、決して音楽には結びつかない。まして、合奏を目指すならば、仲間と音楽について語り合う事は、一緒に練習する事と同じくらい大事なことなのだと言う事なのですね。041.gif
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by bassbassbassyy | 2009-08-17 10:48
2009年 06月 14日

らしくない こと

ブログを開設して、まだ間もないながら、少しずつ反響が寄せられてきています。
そのなかで 「らしくない」
 という、ご意見を頂きました。
まあ、私の「らしい、らしくない」ということなのでしょうが、それはともかく、
音泉として「らしい、らしくない」となれば

これはどう言うことか?>

実は、音楽を演奏することと、演奏する団体を運営していくことと関係があるのではないかと考えています。030.gif

みんなで何かを行う時に一人一人に求められるのが 「役割」 ですね。そして、この役割には 「演じる」 ということがどうしても含まれています。何故なら負わねばならない役割は必ずしも、その人そのものの「個」と合致する訳ではないからです。合わないところは「演じる」ことで埋め合わせねばならない。
でも、「演じる」ことは、大概の場合「らしくない」ですよね。

とても明晰で器用な人はその役割を果たす上でもっとも自分らしくことを進めることが出来ます。でも、如何に明晰で器用であっても、やはり「演じる」部分は出来てしまうでしょう。
また、どんなに一生懸命、その役割を果たそうとしても、この「演じる」部分が本人の本来のものとひどく乖離してしまうと 破綻 します。ポカ、とかドジ、とかを合理的に説明する一つの方法です。

では、音楽を演奏することと、この役割の関係は 如何に?

やはり、関係はあると思います。その人に向いていない楽器と言う物はどうしてもあるし、あるにもかかわらず、合わない楽器を一生懸命練習している方に出会うことはあるように思います。また、一つの曲の中で、作曲家が求めるその楽器の役割と、元来その楽器の持つ持ち味が合わないと言うことが稀にある、以上に、その楽器に求められる役割と演奏者の本来の物が合わないこともあるでしょう。
演奏家が求める完成形の為には、合致しない事柄を排除することもあるでしょう。

音泉は、その他のアマチュアバンドにおいても多分そうですが、そう言うことはしない。一つのパートに人が複数いる中で役割分担する際には、実はその作業をしていることもありますが、例えば指揮者やトレーナーが、「そのソロは別の人にやってもらいましょう」と言うようなことは音泉ではありません。

これは、完成形を重視しないのではなく、演奏する努力を重視するからです。
演奏しようとする意欲 を重視しているからにほかなりません。逆に、これがなかったり、意欲に含まれるべきものが軽薄であれば、監督は容赦しないでしょう。私もそれで良いと思っています。
気持がちゃんとしていれば、結果、ポカしたりドジったりがあっても気にしません。

ん、少しは気にはなるかも(自分は棚上げ)037.gif

運営の様々な煩雑事は、多分、どんなに適材適所として役割配分しても、そんなに効率良く、トラブルなく進むことは期待出来ません。適材適所に出来るだけの「手」はとてもありません。さらに、皆さんは社会生活を送る上で充分に役割を演じているから、音泉においてまでそれを充分に果たせと言うのは酷だと思います。また、演じることから逃れる為に、真に打ち込める音楽をやりに音泉で演奏しているわけでもあります。だから、なるべく負担は軽い方が良い。
でも、子供っぽい屁理屈で為さねばならない事柄を忌避する方は音泉にいらっしゃる必要ありません。仕事をなさらないから、と言うのではなく(正当な理由はいくらでもあります)、そう言う方に意欲のある演奏を期待するのが難しいからです。

音泉は大きくなって、こなさなければならない煩雑なことが沢山あります。
「らしい」の中に「らしくない」は含まれている。そう考えなければ、上手く行かないとも言えるかもしれませんが、本質的な言い方をすると、
 こうしたい と思ったことをやり通す為にすべきことは、らしい、らしくないに関係なく すべきことはする という当たり前のことではないかと、思ったりするのです。
どうでしょう?
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by bassbassbassyy | 2009-06-14 16:07 | 運営
2009年 06月 12日

イゴールな憂鬱?

開設早々、品位でつまずいたが、・・・・

そもそも、皆さんに楽しんで頂けるような文章が、書けない002.gif

楽しんで頂けるような文章だと、難しいテーマは・・・007.gif

と言うことは・・・

このブログ自体意味がない057.gif

いきなりれぞんでーとるにぶち当たってしまった。
しかも、私の好きなEXはブログを楽しく飾る機能が少なく、何となくお固いのである。

まあ、しょうがない。
とにもかくにも、最初はとばすぞ!

と、言うわけでストラヴィンスキーである。
某SNSではある程度この曲を演奏する意味合いが理解されつつあるように感じますが、やっぱり、もっともっと、みんなでわからないと
いけないんじゃないか!?などど、思ったりして、書いている。

私の思いは、一つは団員専用HPのPodcastに書きました。
しかし、まだ足りないかな〜、と言う思いが拭えない。
合宿では、お酒を頂きながら、そこのところをよ〜くお話ししようと思っていたのに、
寝て020.gifしまいました(すみません)。
であるので、なぜ、今なのか。
まあ、一つは監督の性格ですかな。004.gif

それから、これが肝心なんだけれど、弦楽合奏では緩くない、ことをしなければならない。これは「ホルベア」で経験済みですが、さらにそこに磨きをかける。

また、如何にも無機的なストラヴィンスキーについて実は有機的なアンサンブルが内包されているのだけれども、そこに到達する為にはある程度の練度が必要と言うこと。きちんとした練習をしないと出来ない、わからない、と言うことがあるからですね。

これ今の内にしとかないと、東京、新潟、松本の他のプログラムがとてもきつくなります。
ドヴォルザークの練習で表面化した音泉の「ふにゃふにゃした面」は取り敢えずは時間の無駄。
同じ徹は踏まないの覚悟で参りましょう。

やっぱり、最後は固いんだよな〜。
社長みたいに柔らかい雰囲気が終止漂うようなのできないかなぁ。
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by bassbassbassyy | 2009-06-12 23:24 | 音楽
2009年 06月 12日

音泉ブログ登場

色々な方法を試みてきたけど、中々上手くいかない。コミュニケーションとは中々難しいものです。
そんな訳で、これも試み。
ともかくやってみましょう。a0126211_1018730.jpg
やってみないとわからない。やってみて初めてわかることはやらないとわかりませんからね。
皆様、ここが意見集約の場になれるよう、どうぞ投稿の方、宜しくお願い致します。
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by bassbassbassyy | 2009-06-12 10:22